終わったはずのことが夢に戻ってくるとき

夢の小さな哲学

少しぼやけた街角で、寄り添うように立つ二人の後ろ姿私達は、ときどき

もう過ぎたことだと思っていた出来事を、

何年も経ってから夢の中で見直すことがあります。

ふだんは思い出しもしない。
思い出したとしても、
「ああ、そんなこともあった」
と、昔話のように通り過ぎていける。

だから自分では、
もう気にしていないつもりでいます。

けれど夢は、
そうした“終わったはずのこと”を、
ある夜ふいに持ち帰ってきます。

それは、過去に引き戻すためではなく、
その出来事の中に、まだ受け取りきっていない感情が残っていることを
知らせるためなのかもしれません。

夢の中で、私の運転する車に友人Aを乗せ、親友宅へと向かっていました。

私も友人Aも20歳前後の当時はこういうことがよくありました。

夢の中の私達も、その頃の年齢でした。この日は道路が渋滞し、親友宅へ行こうにもなかなか先へ進みません。

すると友人Aは「こっちのルートで先行くわ」と言って友人Aは原付で親友A宅へと一人で向かいだしました。

いきなりだな~と思いつつもそのまま運転し、なんとか親友宅へと到着。

親友と友人Aはそれぞれ彼女を呼んでおり、四人で一緒にこれから遊びに出掛けると言って、私は置いていかれました。

なんでいきなり?と思った瞬間目が覚めました。

夢主は、この夢についてこんな風に語っています。

「当時、私も友人Aも親友も彼女いない歴=年齢でした。 ところが友人Aに彼女が出来たと思ったら親友にも彼女が出来、二人とも急に付き合いが悪くなっていきました。

友人Aと親友は彼女を連れて遊んだりしていたものの、彼女のいない私は呼ばれることがありませんでした。 この時私は彼女いない=負け組というような強い劣等感を覚え、くやしさを感じていました。目覚めたあと、

そうして取り残された思いが、
夢の形で再現されたのだと気づきました、

今はあれから30年ほど経ち、
自分ではもう、当時のことなど気にも留めていない。

そう思っていたそうです。

けれど夢が示したのは、

忘れていたことと、

心の深いところで本当に終わっていたこととは、

必ずしも同じではない、ということでした。

私達は、生きていくために

いろいろなことを「もう済んだこと」として心の奥にしまいます。

そうしなければ前に進めないからです。

けれど、しまわれた感情が
そのまま静かに残っていることがあります。

傷ついたこと。
恥ずかしかったこと。
比べられたように感じたこと。
選ばれなかったと思ったこと。

それらは、ふだん意識にのぼらなくても、
消えたわけではないのでしょう。

人は、同じ出来事を
同じ重さでは抱えていません。

ある人にとっては人生の節目になったことが、
別の人にとっては、その場の流れのひとつにすぎないこともあります。

だからこそ夢は、

相手をもう一度目の前に立たせて、

あなたにとって、あの出来事は確かに大きかった

と知らせてくるのかもしれません。

そうした夢を見たからといって
「まだ引きずっている」「成長できていない」
と考えすぎる必要はありません。

それは、

当時はただ痛みでしかなかった出来事を、

今の自分なら少し違う角度から見つめ直せるようになった、

ということなのかもしれません。

若い頃には、

ただ悔しさとしてしか感じられなかったこともあります。

でも年月を経ると、

その悔しさの中にあった孤独や、

自分の価値を他人との比較で測ってしまっていた苦しさにも、

ようやく気づけることがあります。

夢が過去を連れてくるのは、

傷を開き直すためではなく、

そこに残っていた感情に、

ようやく名前を与えられる時期が来たからなのかもしれません。

終わったはずのことが夢に戻ってくるとき、

それは過去がまだ現在を支配しているというより、

過去の中に置き去りになっていた心が、

今の自分のもとへ帰ってこようとしているのではないでしょうか。

夢はときどき、

忘れることでは届かなかった場所へ、

静かに光を当て、

私達に、

「あのときの自分を、今ならもう少しやさしく見てあげられませんか」

と問いかけているのだと思います。

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