身体の不調と夢の関係

夢の小さな哲学身体・身体の機能

身体の不調と夢の関係のイメージとして使える、ベッドに横たわる人物の顔に影が落ちる様子風邪をひいた時や、熱がある時、
いつもより嫌な夢や、不思議に強い夢を見ることはないでしょうか。

夢というと、心の奥からやってくるもののように思えますが、

実際には、

身体の状態もまた、夢の中身に大きく関わっているようです。

頭痛、発熱、寒気、息苦しさ、疲労――
そうした不調は、眠っているあいだにも

ずっと続いていたりして、

苦しい、重たい、痛い、息がしにくい、熱っぽい。

そうした感覚を受け取りながら、ときに、いつもより不穏で、

切迫した物語をつくることがあります。

ある人の悪夢について伺っていたとき、

「風邪をひいたり、身体の不調が続くと決まって見る夢」
と語っておられました。

こうした話は、決して珍しいものではありません。

追いかけられる夢、
暗い場所に閉じ込められる夢、
何度も同じ場面が繰り返される夢、
うまく声が出ない夢、
身体が動かない夢――

それらは、心の不安だけでなく、
身体のつらさや異常感覚が、夢の形を借りて表れている場合もあるのでしょう。

以前読んだ「ようやくカレッジに行きまして」という、光浦靖子さんの書籍の中に、
強い悪夢についてが書かれていました。
ご本人は、その夢を見た背景に、寒中水泳のような激しい体験と、その後の頭痛があったのではないかと考えていたそうで、
翌年以降も同じ行事のあとに悪夢を見るかどうかを、自分で確かめていたという話も印象的でした。

この話は、夢が心だけで作られるものではないことを、あらためて感じさせます。

もちろん、身体の不調がある=夢に意味がない、というわけではありません。

夢は、そのときその人の心の中にある不安や記憶、気にかかっていることを材料にして、

ひとつの物語をつくることがあります。

つまり夢は、
身体のつらさをきっかけにしながら、
心の中にあるものを使って場面をつくることがある、

同じように熱が出ても、
ある人は追いかけられる夢を見るかもしれませんし、
別の人は昔の家に戻る夢を見るかもしれません。
また別の人は、言いようのない不安だけが残る、奇妙な夢を見るかもしれません。

そこには、その人らしさがあります。

夢は心の鏡だと言われることがありますが、
ほんとうは、心だけではなく、身体もまたその鏡に映り込んでいるのかもしれません。

ーー何か重大な暗示なのではないか。
自分の深層心理に、とても恐ろしいものがあるのではないか。
そんなふうに考えてしまうかもしれませんが、そこまで重要視しなくても、
その夜の夢は、ただ身体がつらかったことを反映しているだけかもしれません。

その苦しさの中で、
夢がその人らしい不安や記憶を呼び起こしているのだとしたら、
そこにはやはり、その人の心も映っているのでしょう。

夢は、心だけで見るものではなく、
心と身体が一緒に見ているものなのかもしれません。

熱のある夜、
痛みのある夜、
息苦しい夜に、
夢がいつもより強い顔を見せるのは、
心が騒いでいるからというより、
身体もまた、眠りの中で何かを訴えているからなのかもしれません。

夢を読むとき、
私たちはつい「意味」のほうへ向かいたくなりますが、

ときには
その夢の前に、自分の身体がどうだったのかを思い出してみることも大切なのでしょう。

その夜の夢は、
心の問題であると同時に、
身体からの小さな声でもあったのかもしれません。

夢に現れる身体には、もう一つの見方がある

ここまでは、現実の身体の不調が、夢の内容にどのような影響を与えるのかを見てきました。

けれども反対に、現実には気づいていない心身の状態が、夢の中の「身体」となって現れることもあります。

夢の中で身体が傷ついていたり、動かなかったり、ばらばらになっていたりする場合、それは実際の病気を示すとは限りません。

心と感情、身体感覚、現実で果たしている役割などが、うまく一つにつながっていない状態を表していることもあります。

夢の中に現れる身体が何を語っているのかについては、こちらの記事で詳しく考えています。

身体の夢が知らせていること<1>魂は、身体を通して語りかける

身体の夢が知らせていること<2>身体が異常を知らせるとき、心に何が起きているのか

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同じ苦しさが何度も繰り返される夢については、「何度も死ぬ夢」もあわせて読むと、心が限界の中で出口を探している様子が見えてくるかもしれません。

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