夢は、心の奥にある感情や本音を映し出しますが、
ストーリーそのままでは、現実との関連性を見つけられないことも多いです。
今回は、私が体験したツアーでの出来事と、その夜に見た夢について綴ってみたいと思います。
参加シールが足りなかった一日
添乗員の仕事で、ツアーのお客様にお配りする「参加シール」を準備していくのですが、
集合場所で配布を始めたところ、予定よりも4つ(二組分)不足していることに気づきました。冷や汗💦が出る瞬間でした。
「どうしよう…」と慌てたものの、もうツアーは始まっています。
立ち寄り先の隣に郵便局があったので、そこでマスキングテープと小さなカードを買い、手作りのシールをこしらえました。急場しのぎではありましたが、何とか全員に渡すことができ、
予想外に
お客様からは「ありがとう!」と喜びの声を頂きました。
ほっとしたのも束の間、ツアーには私を監視するように見ていた二人組がいて、
朝、私がチケットを忘れたこともあり、最後まで鋭い視線と小言を浴びせ続けられることになりました。私は何度も謝罪しましたが、最後まで許してもらえることはありませんでした。
この二人の言葉に心を引きずられてしまうと、他のお客様の楽しみまで壊してしまう。そう思った私は、ネガティブに傾く気持ちを抑えて、「一緒に楽しむ」ことに意識を切り替えました。ツアー全体を守るために、気持ちを立て直したのです。
そんな日の夜に見た夢は、孫たちの運動会の場面でした。
夢の中で、二人の孫は運動会を終えて遊んでいました。私はまだ競技を見ていたのですが、それはなぜかスクリーンに映し出されている映像のように見えていました。やがて、同じグループの子どもたちが再び集まり、ダンスを始めたのです。
「え? まだ続いていたの?」と驚く私。
孫たちは「もう終わった」と思い込んでいたようで、私は「まだ終わってないみたいだよ、でも今行けば、きっと間に合うと思うから」と言いました。
孫たちは着替え直し、親に連れられて戻っていきました。
夢と現実のリンク
現実の出来事と夢のストーリーを並べてみると、不思議な重なりが見えてきます。
「終わったと思い込む」孫たち
→ 現実のツアーで「もう信用は終わった」と思い込んでいた二人組、離脱した、
「二人だけ別行動・別の意識」という現実の状況を表していた可能性があります。
(子供は、未熟さや弱さを表すこともあります。)
「踊り続ける」グループ
→ それでもツアーを楽しんでくれた他のお客様。日常は続いていて、全体の流れは止まっていませんでした。
「スクリーンで見守る私」
→ 現実で私が“巻き込まれず冷静に全体を見ていた心”そのものです。
「慌てて戻る孫たち」
→「本当は参加したい」「本当は調和したい」という人間の深層心理のあらわれかもしれません。攻撃してくる人の奥にも、そうした“本当の気持ち”が隠れている可能性を暗示しているようにも感じます。
夢は「まだ続いている」「終わったと思っても、やり直すことはできる」と教えてくれていたのかもしれません。
夢と出来事が重なったことで、幾つか気づいたことがありました。
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批判や監視の目があっても、そこに引きずられなくていい。
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終わったと思ったところからでも、やり直すことはできる。
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自分は全体を見守り、立て直せる存在である。
一日を振り返れば、足りないものを工夫で補い、心を立て直し、
お客様にできる限りの旅を提供できたわけで、
夢はその選択を肯定してくれていた
ように思います。
同じ夢を見る人はいないかもですが、
私以外の人にあててより肯定的に解釈した場合、こんな風にも言えるでしょう。
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あなたは“攻撃”や“不公平”の渦中にいても、全体を見守り調整できる人。
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その冷静さや柔軟な対応力は、あなたの大きな強みであり、周囲の人の体験を守る力でもある。
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「二人だけ別行動」という象徴は、攻撃してくる相手に“巻き込まれない”ことの重要性を教えてくれている。
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最後まで許してもらえなかったことへの“痛み”が、夢の中で“スクリーン”や“踊るグループ”という形に表現されている。
夢と日常のリンクを見つけると、自分を責める気持ちよりも
“次に活かせる気づき”が見えてきます。
あなたの夢にも、きっとそんなメッセージが隠れているはずです。
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