受け入れてきた限界にちょっと疑問/小さな調整/少し、期待している/どこかで帳尻をあわせたい
お金に執着している夢とは限りません。
「もったいない」「少し惜しい」「できれば自分のお金を使いたくない」という気持ちの夢には
自分の労力をどこまで差し出すか
自分の時間や気持ちを、どこまで使うか
自分だけが負担する形になっていないか
という、心の中の計算があります。
現実でも、私たちはお金を使うとき、ただ金額だけを見ているわけではない
でしょう。
そのお金を得るために使った時間。
働くために使った体力。
誰かのために我慢したこと。
本当は自分に使いたかった気持ち。
そうしたものが、ひとつの出費の中に含まれていたりします。
お金そのものよりも、
自分のエネルギーがどこへ流れているのか
を見直しているのかもしれません。
お金ではなく、物をケチって使う夢だとしたら?
例えば
食材や洗剤、紙、布、道具などを少しずつ使っていたなら、それは金銭的な損得というよりも、今ある自分の資源を大切に温存しようとしている状態を表していることがあります。
必要な場面でも極端に出し惜しみしていたなら、現実でも自分の気力や愛情、時間を使うことに慎重になりすぎているのかもしれない、
自分の中に残っているものを、どう配分していくか
を考えている可能性があります。
ケチる夢は、自分を守る感覚でもある
「ケチる」という言葉に対しては、あまりよい印象を抱かない
という人も多いでしょう。でも、
必ずしも悪い意味ではありません。
これ以上、自分ばかりが出さなくてもいい
無理に気前よく振る舞わなくてもいい
自分の分を少し残しておきたい
という、自然な自己防衛の感覚として表れることがあります。
いつも誰かのために動いている人ほど、
少し惜しんでもいいのでは?
全部を差し出さなくてもいいのでは?
という感覚が、夢の中で「ケチる」という形になって出てくることがあります。
それは、
自分にだって限りがある
と気づき始めているサインなのかもしれません。
切符代を少し惜しみ、夫に出してもらえないかと考える夢
私達は改札口にいて、子供達と一緒に切符を買おうとしていました。
どこかへ移動しようとしていたのですが、私は少し切符代をケチって、主人から少し出してもらえないかと考えていました。
現実でも、自分も働いてはいるものの、そのお金は孫のお小遣いや、子供たちだけでは買ってやれないものに使うことが多く、ちょっとした出費を主人のカードで出してもいいかなと思うことがあります。
切符は、どこかへ移動するために必要なもの、
夢の中では、
次の段階へ進むための許可
新しい場所へ向かうための準備
今いる場所から少し離れるための通行料
のような意味を持つことがあります。
夢主は主婦ですが、自身も働き、家族のための出費を少なからず担っています。
ご主人のほうが収入があるのに、どうしてか自分ばかり出費を賄っている気がして、
少し負担してくれてもいいのでは?
という思いもあるようです。
自分の時間や体力を使って得たものが、いつの間にか家族全体のために使われていく。
そのような感覚があるとき、現実の中でも「少し惜しい」と感じることは
誰にでもあるでしょう。
それは、ずるさではなく、
私の移動にも、少しは家族側の支えがあってよいのではないか
という、心の中の調整ではなかったかと思います。
ケチる夢は、自分の価値を低く扱わないための夢
ケチる夢は、どちらかというとマイナスなイメージがあり、
心が狭いような気がしてしまう
かもしれません。ですが、ほんとうのところ、
自分の労力には価値がある
自分の時間にも価値がある
自分が動くためにも、ちゃんとコストがかかっている
と気づき始めているから見る
のではないでしょうか。
とくに、この夢主のように、
何でも自分が出す
自分の分は後回しにする
自分が我慢すれば丸くおさまる
という形が続いているなら、夢はそこに小さな違和感を示しているのかもしれません。
この夢を見るのは、これからも無理なく関係を続けていくために、自分の負担の量を見直そうとしている時なのかもしれません。
少し惜しむこと。
少し立ち止まること。
少し相手にも負担してもらうこと。
それは冷たさではなく、自分を削りすぎないための、静かな調整なのだと思います。



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