自分/自分の分身

草原の中で鏡に映る自分を見つめる女性。夢に出てくる自分や分身が無意識の感情を象徴している
人物・キャラクター夢の意味

自分もまた、自(然)の分(身)ー宇宙のひとかけら

夢の中に現れる「私」や「俺」は、
もっとも意識的な自我の表れです。

一方で、
夢に出てくる他の人たち

――たとえば警察官や犯人も、実は自分自身の一部です。
それが見慣れない人であったり、
「自分とは違う」「距離を感じる」と思う人物であるほど、

それは
受け入れがたい、深層的で無意識的な感情
を象徴していると考えられます。


私たちは、目覚めているあいだは意識がはたらいているため、
自分が人からどう見られるかを、ある程度コントロールしていられます。

良い面も、嫌な面も持っているけれど、
日常ではそれなりにバランスを保っている――
それが、覚醒時の私たちです。

しかし、
その統率力が弱まる夢の中では、

私の中にある
さまざまな可能性や側面が「私」の姿となって現れ、

  • 隠されていた本心

  • 思いがけない可能性

  • 直視したくなかった事実

を、容赦なく突きつけてくることがあります。

それはつまり、
「自分のこととして知る必要がある」というメッセージなのです。


ときには夢は、
自分が人に対してどのような態度をとっているのかを
そのまま見せてくれることもあります。

それによって、

  • 対人関係の距離の取り方に気づいたり

  • 他者を通して、自己理解を深めたり

することがあるのです。


たとえば、

  • 前を歩いていた人が振り返ったら、自分だった

  • 歩いていたら、左右に自分が立っていた

といった夢を見ることもあります。

そのとき、

「嫌な感じ」がする自分は、
まだ受け入れられていない自分である可能性が高いでしょう。

反対に、

「積極的に行動し、人の輪の中心にいる自分」の夢は、
自分自身に対して、比較的肯定的なイメージを持っている状態を表します。

これまで
「嫌なやつだ」と感じていた自分を、
夢の中で好ましく感じたなら、

それは
価値観を改め始めているサインかもしれません。


夢はときに、
自分を一歩引いたところから見つめるよう促します。

自分にとって当たり前になっている役割や振る舞いを、
少し距離を置いて見直す必要がある――
そんなタイミングに見る夢でもあるのです。


左右に分身がいる夢は、
「分かれ道」に立たされている心理状態を示すことがあります。

分身が示す道に、なぜか強い意味を感じるのは、
これから向き合わなければならない世界がある、ということ。

その道に対して抵抗感がある場合、
それは「悪い道」というよりも、

気が進まないけれど、成長のために通らねばならない道
である可能性もあります。

白か黒、右か左と、はっきりと決定して生きる習慣の薄い

日本人には、

矛盾した「私」

が登場することも多いと言われています。それは、

なんでもかんでも平然と受け入れている

ということではないのです。

心の内では多くの葛藤を抱えながらも、
どこかで自己とつながり、
矛盾を抱えたまま共存する力を持っている、ということ。

夢に現れる分身は、
そんな日本人特有の心の在り方を映しているのかもしれません。

 

 

 

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