夢の中で声が出ないとき

夢の小さな哲学

窓ガラス越しに手を当てる人物夢の中でも、会話したり、叫んだりできるのに、

ある日見た夢の中で

必死に何かを伝えようとしているのに、声が出ない、ということがあります。

叫びたいのに息だけがもれ、

危険を知らせたいのに、うまく声にならない。

ここには、

非常に切迫した感情

が読み取れます。

表現したいのに表現できない苦しさ。

動きたいのに動けないもどかしさ。

以前記述した「何度も死ぬ」の中での光浦靖子さんの「身体が動かない」シーンも、

異国の世界で言葉や環境の壁にぶつかり、

自分の意志どおりに動けない思いを重ねて続けている、

その切実さが表れていたのでしょう。

心の中では必死に動いている。

でも、外の世界に向かう回路がうまくつながらない、

そんな状態です。

このような夢を見ると、「何もできなかった」ことだけが印象にのこり、

自分が無力な存在であることを思い知らされている気がします。

では、夢はそれを指摘しているのかというと、

それよりは

危険に気づいても、それを言葉にするには別の力がいる

のだということ、ではないでしょうか。

現実世界でも

なんらかの違和感を覚えても、それを外に向かって押し出すには勇気がいる

ものです。

夢はそのズレを、とても率直に見せているのです。

心は先に走っているのに、声や身体がついてこない。

言いたいのに言えない。

おかしいと思っているのに、うまく伝えられない。

動かなければと思うのに、なぜか動けない。

夢の中で声が出ないとき、そこにあるのは単なる恐怖ではなく、

伝えたい思いが、まだ出口を見つけられずにいる、

ということ。

夢は、あなたが無力だと告げているのではない、あなたは

すでに何かを感じ取っているのだけれど、

その

気づいたものをどう扱えばよいのか、心がまだ探している状態であることを告げていた

のではないでしょうか。

そして、その探り方は、ずっと同じではありません。

光浦靖子さんの夢も、生き返った時に

腕が動くようになり、やがて体全体が動かせるようになっていきました。


私たちもまた、日々の積み重ねの中で、感じたことを少しずつ表現できるようになっていくのでしょう。

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