あなたの中にある、もう一つの可能性/共感はするけれど、同一化はしていない
夢に登場する「いとこ」は、
あなたと同じ系譜を持ちながら、
別の形で社会と関わっている自分自身を表します。
それは、
能力として分かりやすい
評価されやすい
周囲と自然につながれる
そんな資質かもしれません。
けれど、それは
「なりたい自分」や
「目指すべき理想像」とは限らず、
ただ、そこに存在する
可能性の一つ
として、夢に現れることも多いのです。
学校のような場所で、
自分自身はあまり認識されていない一方、
優秀ないとこは自然に通じている。いとこは窓口のような場所にいて、
外にも内部にも関わりがある存在である、私はそのいとこを誇りに思い、
それとなく関係性を話すものの、
周囲の人は「いとこはいとこ」と受け止めている。そして、そのいとこが
近々遠くへ行くらしいと知り、
少し残念に感じる――。
夢の中の「いとこ」は、
自分が選ばなかった道
今は採用していない在り方
を象徴します。
そのため、夢の中では、
比べない
妬まない
ただ認めている
という、とても穏やかな感情になりやすいのです。
一般的な解釈では、
誇らしい
→ その資質を否定していない
遠くへ行く
→ 今後は、それを基準にしなくてもいい
という意味になります。
この夢が肯定的な印象を持つのは、
夢の中のいとこが、
夢主にとっての
「分かりやすい強み」や
「誇れる能力」を象徴しているからでしょう。
「自分はあまり認識されていない」という描写は、
いとこに比べて劣っている、と言っているのではないです。
外からの評価や肩書きでは、
今の自分は測られにくい段階にある
ということを表していると考えられます。
例えば、上記の夢を見た方は、こう語っています。
「それも、確かに自分の一部だった」
「けれど、今の自分は別の条件で進んでいる」
夢は、そんな選択の整理を
静かに行っているのかもしれません。
私は、あの場所には立たない
でも、それでいい
という思いを、
- いとこ=前に立つ在り方
- 自分=聞き役として存在する在り方
として整理していると考えられます。
いとこを誇りに思っているという感情は、
自分の中に、ちゃんと価値ある部分があることを
すでに分かっている証でもあります。
夢の中の「いとこ」は、
あなたの中に確かに存在している、
もう一つの可能性や、別の生き方。
それは誇るべき資質でありながら、
今のあなたが進む道とは、必ずしも同じではない。
夢はそのことを静かに確認し、
次の段階へ進む準備が整ったことを
告げているのかもしれません。



コメント