夢の中の場面転換

夢の小さな哲学

移動の過程がない/夢の場面はばらばら、筋も通っていない、それでいい?

夢が出来事の順序ではなく心の重み順に進むことを表した抽象的な光のイメージ

夢の中では、場面が急に切り替わることがあります。
さっきまで別の場所にいたはずなのに、気がつくともう違う場所にいる。
こうしたことは夢ではすっかりお馴染みなので、深く考えもしませんが、よく考えると不思議なことです。

何しろ、現実の世界の私たちは順番に生きています。
家を出て、道を歩いて、学校へ行く。
部屋を出て、階段を下りて、玄関へ向かう。
ひとつひとつの移動には、手順があり、道筋があります。

けれど夢は、その順番をそのまま再現しようとはしません。

家にいたはずなのに学校にいる。
誰かと話していたのに、次の瞬間には逃げている。
外にいたはずなのに、もう建物の中にいる。

という具合です。

途中で道を歩いた記憶もなければ、移動した手順もありません。
まるで画面が切り替わるように。
あるいは、どこかへワープするように。
私たちは次の場面へ進んでいます。

夢が雑なのでしょうか。
それとも私たちが、意味もなく気まぐれに飛んでいるのでしょうか。

もし、そこに理由があるのだとしたら、
夢が運んでいるのは、出来事の正確な流れよりも、
そのとき心がどこで強く動いたか
ということだからなのかもしれません。

夢は、出来事の順序ではなく、
心の重み順に並んでいる。

そう考えると、あの不思議な場面転換にも、少し意味が見えてきます。

どこをどう通って行ったかよりも、
次に心が向かわなければならない場所へ、
私たちを一気に連れていくのです。


私たちは現実の中でも、
似たようなことを経験しています。

例えば、
楽しく話していたはずなのに、
たったひとつの言葉で、急に昔の悲しみへ引き戻されることがある。
安心していたはずなのに、
何かの気配で、突然、警戒の世界へ入ってしまうことがある。

身体はまだここにあるのに、
心だけが、もう別の場所に移っている。

夢の中の場面転換は、そうした心の動きを、そのまま目に見える形で映している
のであり、

どこを通ってそこへ行ったのか。
どれくらい時間がかかったのか。
どんな順番で移動したのか。

は本質ではないのでしょう。

それよりも、

なぜそこへ行かねばならなかったのか。
そこで何を感じたのか。
何が怖かったのか。
何に惹かれたのか。
何から逃げたかったのか。

夢は、そうしたことのほうを語ろうとしているように思えます。

だから、夢の中で突然どこかへ飛ばされることには、
単なる不自然さ以上の意味があるのかもしれません。

それは、心が次の場面へ進んだ印であり、
感情が別の段階へ切り替わった合図であり、
意識では追いつけない変化を、夢が先に知らせている姿でもあるのでしょう。

夢は、現実の地図ではなく、
心の地図にしたがって進む。

そのため、途中の道は消えていても、
いちばん大事な場所には、ちゃんとたどり着いている。

夢の場面転換とは、
心が「ここを見てほしい」と選び取った場所へ、
私たちを一気に運ぶはたらきなのかもしれません。

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