夢は、指示を出さない/夢は、人生を代わりに生きてくれない
夢を見たあと、
私たちはつい、答えを探そうとします。
「この夢は、何を意味しているのだろう」
「これから何が起こるのだろう」
「私は、どうすればいいのだろう」
夢を、
人生の説明書のように扱ってしまうことがあります。
けれど、
夢は本来、
そこまで親切なものではありません。
説明書には、
正しい順序があり、
間違えない方法があり、
失敗しないための注意書きがあります。
けれど夢は、
はっきりしないし、
曖昧で、
途中で終わることがほとんどです。
また、
「こうしなさい」
「こうなるから気をつけなさい」
とは、めったに言いません。
夢が差し出すのは、
結論ではなく、
判断でもなく、
感触に近いものです。
なんとなく怖かった。
なぜか懐かしかった。
理由は分からないけれど、印象に残った。
夢は、
言葉になる前の感覚を、
あなたにそっと手渡してきます。
それをどう生きるかは、
現実のあなたに委ねられています。
夢は、
進路を決めてくれないし、
選択の責任を取ってもくれません。
代わりに悩んでくれるわけでもありません。
夢は、
人生を説明するものではなく、
人生のそばにあるものなのです。
夢をどれだけ読み解いても、
現実を生きる代わりにはなりません。
だから、
夢を信じすぎなくていい。
半信半疑、
それくらいの距離感で、ちょうどいいのです。
もちろん、
夢に意味を見出すことは、悪いことではありません。
けれど、
夢の解釈に縛られすぎたり、
夢の言葉を絶対視したり、
夢のせいで動けなくなってしまうなら、
少し距離を置いてもいい。
あまりに夢に夢中になってしまうことは、
ときに危うさを伴います。
そう気づいたときは、
しばらく夢について考えるのを
中断してほしいと思います。
夢は、
あなたを導く権威ではありません。
あなたの味方であるだけです。
夢は、
正解を教えず、
未来を保証もしません。
けれど、
心が動いていること、
何かが通過したこと、
無意識が働いていること。
それだけは、
確かに知らせてくれます。
夢を覚えていなくても、
意味が分からなくても、
困ることはありません。
夢は、
人生を代わりに生きるためのものではなく、
人生を生きるあなたのそばで、
静かに流れているものなのです。



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