ふとした瞬間、気づけば 神社の参道を歩いていたり、静かな部屋に仏像を見つけたり――
そんな“不思議な場所”に迷い込む夢を見ることがあります。
夢の中では、ときに
日常では思いつかないような智慧を授けられること
胸を震わせる畏怖や魅惑的な体験をすること
もあります。
そこには、
私たちの意識をはるかに超えた大いなる働きがある、という感覚が生まれます。
夢に現れる神聖な場所は、必ずしも清らかで明るいとは限りません。
・人里離れた神社
・夜の森の奥にある祠
・薄暗い堂内で光る仏像
こうした“怖さ”を伴う情景もあれば、
身が洗われるような、優しい光に包まれる景色 を見ることもあります。
神聖さには常に
「畏れ」と「神秘」
という、二つの相反する感覚が同時に宿っているのです。
仏教でいう「仏性(ぶっしょう)」――
誰の内側にも本来備わっている、崇高で澄んだ部分。
私たちはその“本来の自分”に近づきたいと、
日々、無意識の底で静かに願い続けています。
現実のある出来事がきっかけとなり、
その願いがふっと熱を帯びて、
夢の中で 聖なる領域へと踏み入れさせる のかもしれません。
私たちは、夢の情景のほとんどを思い出さずに生活しています。
けれど
――それでも現実に踏みとどまり、
“今ここ”で生きていけるのはなぜでしょうか。
それは、
夢の中で体験した 説明のつかない不思議さ、
胸に残る 淡い感動や畏れ が、
無意識からの豊かなメッセージとして、
わずかながら 心に持ち帰られている からではないでしょうか。
言葉にならないその「記憶」が、
あなたを静かに励まし、支え続けているのです。



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