夢は一直線には進まない/迷い、思い出し、考え直す過程にも心が表れる/省略した部分に意味が隠れていることもある
夢を人に話すとき、私たちは出来事をわかりやすく並べようとします。
「誰が現れた」
「どこへ行った」
「最後にこうなった」
というように、夢の中で起きた主な出来事を拾い、ひとつの話として伝えようとします。
けれど、実際の夢は、それほどまっすぐには進みません。
夢の中でも、
「あ、それを忘れていた」
「そうだっただろうか」
「いや、違った」
「それなら大丈夫だ」
と、迷ったり、思い出したり、考え直したりしながら展開していくことがあります。
こうした小さな経緯は、人に話すときには少し面倒に感じられ、つい省略してしまいがちです。
しかし、その省略されやすい心の動きにこそ、夢の意味が表れていることがあります。
夢は完成された物語ではない
目覚めたあとに夢を振り返ると、最初から最後まで決められた物語を見ていたように思うことがあります。
けれど夢の中の自分は、次に何が起きるのかを知っているとは限りません。
現実の私たちと同じように、その場で状況を理解し、判断しながら動いています。
誰かと会ったあとで、別の予定があったことを思い出す。
行けないと思ったあとで、やはり行けるのではないかと考える。
怖いと思って逃げたものを、もう一度確かめようとする。
間違った場所へ来たと思ったものの、実はここでよかったと気づく。
夢は、ときにこのような迷いや訂正を含みながら進んでいきます。
そこには、出来事だけでは表せない、
自分の中で一つの考えが生まれ、別の考えへ変わっていく過程
が描かれているのでしょう。
夢に現れるのは、実際に起きた出来事だけではありません。
あなたが日々選んできたこと。
考えていること。
何気なく生活の中へ取り入れてきたもの。
そのときには言葉にしなかった気持ちも、夢の中へ入り込んできます。
出来事だけなら、「誰と会った」「どこへ行った」と簡素にまとめることができます。
しかし、考えや気持ちは、それほど簡単には整理できません。
一度こうだと思ったあとで、別の事情を思い出す。
それによって感情が揺れ、先ほどとは異なる判断をする。
夢の中で起きる迷いや思い直しには、出来事としては表れにくい、複雑な心の経緯が描かれていることがあります。
人に話すとき、夢は整理されてしまう
夢を誰かに説明するときには、ある程度、話を整理する必要があります。
夢の中で何度も考えが変わったことまで、そのまま伝えようとすると、話が長くなり、
「結局、何が起きた夢なのか」
がわかりにくくなってしまうからです。
そのため私たちは、無意識のうちに夢を要約します。
「知人を車に乗せようとした夢」
「道に迷った夢」
「仕事に遅れそうになった夢」
というように、中心となる出来事だけを残します。
夢を伝えるうえでは間違ってはいません。
ただ、夢を解釈しようとするときには、きれいに整理された筋書きだけでは見えなくなるものがあります。
たとえば、
「最初はどう思ったのか」
「何に気づいて考えが変わったのか」
「考え直したことで、次の行動はどう変わったのか」
という部分です。
夢の結末が同じでも、そこに至る心の動きが違えば、夢の意味も変わることがあります。
考え直した前後に、本音が表れる
夢の中で考え直した場面では、最初の考えと、その後の考えの両方が現れます。
「できないと思ったけれど、できるかもしれない」
「信じていたけれど、何かがおかしい」
「もう終わったと思ったけれど、まだ続いている」
「自分には関係ないと思ったけれど、放っておけない」
このような変化があったなら、その間に、夢主の中で何かが動いています。
最初に浮かんだ考えには、普段から身についた思い込みや警戒心が表れているのかもしれません。
一方、考え直したあとの判断には、それまで表に出にくかった願いや、別の可能性が表れていることがあります。
どちらか一方だけが本音なのではありません。
相反する二つの思いが、自分の中でどのように折り合おうとしているのか
その過程が、夢の中の迷いや思い直しとして描かれているのでしょう。
思い直すことは、心の中の調停
私たちは経験をもとに、何を話すべきか、何を控えるべきか、何が適切で、何が不適切かをふるいにかけています。
また、何かをしようとするときにも、
「本当にできるだろうか」
「ほかに優先することはないだろうか」
「誰かに負担をかけないだろうか」
と、現実の事情を考えます。
しかし、感情にまつわることになると、その判断の基準は、はっきりしなくなります。
情熱や欲望、創造性、愛情などは、正しいか間違っているかという枠組みだけには収まらないエネルギーを持っているからです。
自分の中に何かを望む思いがあっても、その思いのままには動けない現実があります。
私たちが思い直すときには、
自分は本当はどうしたいのか。
現実には何ができるのか。
その両方を心の中ではかりにかけていることがあります。
それは、決断力がなく迷っているということではありません。
思いと現実の間に折り合いをつけようとする「調停力」を働かせている
とも考えられます。
夢の中で何度も考えが変わったとしても、それを悪いことと捉える必要はありません。
心は一つの可能性だけを押し通すのではなく、さまざまな事情や感情を確かめながら、自分が納得できる方向を探しているのでしょう。
【夢の実例】乗せる人数を考え直す
過去に同じ組織にいた女性を誘い、車に乗っていろいろ話そうとしました。
当時は二人だけで話すことはほとんどありませんでしたが、夢の中では、彼女ともっと話をして、わかり合おうとしていました。
ところが、「この日は、あと四人を車に乗せるのだったか」と考えます。
すぐに「いや、乗せるのは子ども二人だけだから、やはり彼女と行けるだろう」と思い直したところで、夢から覚めました。
この夢を「過去の知人を車に乗せようとした夢」とだけ説明するなら、途中で人数を考え直したことは、省略してもよいように思えます。
四人だと思った。
けれど、二人だった。
それは夢の中の単なる勘違いで、夢全体の意味とは関係がないようにも見えます。
しかし、この部分を残すと、夢の中で起きていた心の動きが見えてきます。
最初は、ほかにも乗せる人がいるため、彼女を迎える余地はないと思いました。
ところが人数を考え直すと、車にはまだ席が残っています。
そこで、
「やはり一緒に行ける」
という結論に変わりました。
この夢を見た頃、夢主は職場の人間関係で傷つき、人との関わり方について考えていました。
その背景を踏まえると、乗せる人数を数え直す場面は、
もう誰かを受け入れる余裕などないと思ったけれど、心の中には、まだその人を迎える席が残っていた
ことを表しているように見えます。
もし人数を考え直した部分を省略していたら、「人と親しくなりたい」という意味までは読み取れても、「自分には、そのための余地が残っていると気づいた」という心の変化までは見えなかったでしょう。
夢の中のささいな訂正が、この夢の中心に近い意味を持っていたのです。
すべての細部に意味があるわけではない
それでは、夢の中で考えたことを、何もかも解釈したほうがよいのか
というと、
必ずしも、そうではないのが、ややこしいところです。
夢には、その日に見聞きしたことや、記憶の断片が入り込むこともあります。
目覚めたあとには、夢の前後関係が曖昧になり、自分でも気づかないうちに話を補っている場合もある
ため、夢の中の一言や数字をすべて重要な象徴として扱うと、かえって全体の流れを見失うことがあります。
注目したいのは、考え直したことによって、
* 感情が変わった
* 行動が変わった
* 行けないと思っていた場所へ行けるようになった
* 受け入れられないと思ったものを受け入れた
* 安心していたものが怖くなった
* 終わったと思ったものが、再び動き始めた
というように、夢の方向が変わった場面です。
その思い直しを境に、夢の見え方が変わったなら、省略せずに残しておく価値があるでしょう。
夢の中の思考と、目覚めてからの推測を分ける
夢を記録するときには、
「夢の中で、実際にそう考えていたこと」
と、
「目覚めたあとで、たぶんこういう意味だったのだろうと考えたこと」
を分けておくのもよいと思います。
たとえば、
「夢の中で、四人を乗せる予定だったと思った」
というのは、夢の中で起きた思考です。
一方、
「四人という数字は、家族の人数だったのかもしれない」
というのは、目覚めたあとの推測です。
どちらも夢を理解する手がかりにはなりますが、同じものではありません。
夢の記録には、できるだけ夢の中で起きたことをそのまま残し、そのあとの解釈や思いつきは別に書き添えると、夢本来の流れを見失いにくくなります。
また、はっきり思い出せないところは、無理に確定させる必要はありません。
「四人だったように思う」
「誰かを乗せる予定があった気がする」
という曖昧さも含めて記録してよいのです。
夢は、曖昧だったという事実にも意味を持つことがあります。
解釈する前に、まず残しておく
夢を見た直後には、どの部分が重要なのか、まだわからないことがあります。
そのときには不要に思えたことが、現実の出来事と照らし合わせたとき、夢を読み解く鍵になることもあります。
そのため、夢を記録するときは、最初から必要な部分だけを選ぼうとせず、
「あ、違ったと思った」
「途中で予定を思い出した」
「なぜか、もう一度やり直した」
「最初とは反対のことを考えた」
といった小さな経緯も、覚えている範囲で残しておくとよいでしょう。
まずは残しておき、夢全体を見渡してから、その場面が感情や行動を変えているかを考えます。
夢を記録する段階では詳しく。
解釈するときには、全体との関係を見ながら選ぶ。
そのように分けることで、ささいな部分に振り回されることなく、大切な心の動きを拾いやすくなります。
夢の途中には、心が動いた跡がある
夢の意味は、登場した人や場所、印象的な出来事だけにあるとは限りません。
「あ、そうだった」
「いや、違う」
「それならできる」
と考えた、その短い間にも、心は動いています。
私たちは夢を語るとき、わかりやすい物語にするために、そうした部分を省いてしまいます。
けれど、夢の中の迷いや思い直しは、物語の余分な寄り道ではなく、
一つの思いから、別の思いへ移っていく心の足跡
なのかもしれません。
夢は、いつも答えだけを見せるわけではありません。
迷いながら、思い出しながら、ときには自分の考えを訂正しながら、答えに近づいていくことがあります。
夢の途中で何を考え、なぜ思い直したのか。
省略しかけたその小さな経緯に、普段は表に出ない、本当の心模様が映し出されていることもあるのです。



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