なんか、場違いだったでしょうか😅/自分の言動が否定的に映る?
夢の中で何かを話したり、誰かに物を渡したりしたあと、周囲や相手
の反応を見て、
「おかしなことをしてしまった」
「なんか場違いだった」
「よかれと思ったことが、迷惑だったのかもしれない」
と恥ずかしくなる夢です。
あなたがこのような夢を見るとしたら、
自分の言動が、周囲にどのように受け取られているのか気にしている
のかもしれません。
夢の中の相手が、現実にあなたを否定しているわけではない、でも
私達はつい、
相手の表情や短い言葉から、その真意を想像してしまうことがあります。そして、
勝手に「嫌がられた」「変に思われた」と判断してしまうこともありがちです。
相手の反応から、自分の価値を判断している
例えば、自分の行為や話したことが
誰かに喜んでもらえたり、もっともだと受け入れてもらえたなら、
自分のしたことには意味があったのだ、
と思えます。
反対に、相手の反応が薄かったり、少し戸惑った顔をされたりすると、急に自信を失うことがある、
人の反応を見て恥ずかしくなる夢は、
「これでよかったのだろうか」
という、自分自身への評価が定まっていない状態を表します。
相手の表情は、その答えを知るための手がかりです。
ときに
わずかな反応を否定的に受け取り、自分の言動だけでなく、自分の存在まで恥ずかしく感じることがあります。
相手の気持ちがわからない不安
人の表情は、いつも本心を正確に表しているわけではありません。
驚いているだけかもしれないし、
どう答えればよいのか迷っているだけかもしれない、
それでも、相手の真意がわからないときには、自分にとって最も不安な意味を当てはめてしまうことがあります。
夢の中で相手の反応が強く印象に残るのは、
「本当はどう思われている?」
という疑問が、心に残っているからなのでしょう。
よかれと思ったことが的外れだった夢
親切にしたつもりなのに、それほど喜ばれなかった、という現実は、
自分の気遣いが相手に届かなかったという思いとなります。
実際に、相手が求めているものと、自分が差し出したものが異なっていただけで、
必ずしも、あなたの親切が間違っていたということではないのに、
「余計なことをしたのではないか」
「相手のことを理解できていなかったのではないか」
という心配になる、それが相手の反応となって表れていることもあります。
気遣いが相手の期待と少し違っていたとしても、
相手を思った気持ちまで否定する必要はないです。
辞めた会社でティッシュを差し出した夢
夢の内容
辞めた会社へ行ってしまい、そこにいることを恥ずかしく感じた。
会社の人から、
「あなた、懲戒になったんじゃない?」
と言われた。
「いいえ、自分で辞めたのよ」
と答えたところで、
「ああ、そうだ。私はもう辞めたのだった」
と気づいた。
何のために来たのか不審に思われないよう、忘れ物を取りに来たふりをして、それらしいものをかき集めて帰ろうとした。
その途中で会社の人たちに会い、ティッシュを差し出した。
「これも持って帰ろうと思ったのですが、使うようなら使ってください」
と伝えた。
ところが、相手たちは怪訝そうな顔をする、
その表情を見て、
「やはり、自分がよいと思って差し出したものは、少し的外れだったのだ」
と恥ずかしくなった。
私達は、誰しも
自分の成し遂げたことに誇りを感じるときもあれば、かつての行動を振り返って恥ずかしくなることもあります。
夢の会話には、もしかしたら、その背景にある複雑な心情も含まれていたのかもしれません。
実際には、夢主はいまも会社の人達と繋がりがあるのだけど、夢の中で
もう辞めた会社へ来てしまったことに気づくと、急に恥ずかしくなり、「忘れ物を取りに来た」という理由を作っています。
会社に出向くシーンには
懐かしくて訪ねたい気持ちはある。
けれど、今さら何をしに来たのかと思われたくない。
という、二つの思いも表れていたのかもしれません。
実は、
夢主には、この夢につながる心当たりがありました。
会社を辞めてしばらくしたころ、店舗のディスプレイに役立つかもしれないと思い、小さな鯉のぼりの置物をたくさん手作りして、
「皆さんで使ってください」
と、以前の職場へ持っていったことがあったのです。
ところが、あとになって各支店のディスプレイをさりげなく見てみると、どの店舗もすでにきれいに飾られていました。
そのため、
「自分が作ったものは、なくても困らないものだったのではないか」
「かえって、ありがた迷惑だったのではないか」
という思いが残ったそうでした。
現実では鯉のぼりを、
「皆さんで使ってください」
と差し出し、夢ではティッシュを、
「使うようなら使ってください」
と差し出しています。
夢の中のティッシュは、このときの小さな贈り物と、それを渡したあとに残った迷いを表していたのかもしれません。
どういうことかというと、
ティッシュを差し出した行為にも、現実に届けた鯉のぼりにも
共通してあるのは、
かつての職場に対するささやかな気遣いです。
そこには
「自分が残せるものがあるなら、役立ててほしい」
という思いがある、
ところが、相手の怪訝そうな顔を見た途端、その気遣いまで的外れだったように感じています。
ここで重要なのは、相手からはっきり拒まれたわけではないことです。
「いらない」
「迷惑だ」
と言われたのではなく、
相手の表情を見た本人が、
「やはり、自分の差し出したものはおかしかったのだ」
と判断して、恥ずかしくなっています。
この夢には、それ(ティッシュ)が必要だったかどうかだけでなく、
自分がその職場でしてきたことにも、本当に価値があったのだろうか
という思いが重なっているのでしょう。
夢の中で感じた恥ずかしさは、会社の人たちから下された評価というより、
「自分のしてきたことに意味があったと思いたいけれど、そう思ってよいのかわからない」
という、本人の迷いから生まれたものなのかもしれません。
恥ずかしさは、自分を守るための感情でもある
現実に恥ずかしい思いをしたとき、ただそれを受け流せる人もいれば、
「あれは余計なことだった」
「自分のしたことは間違いだった」
と感じ、その記憶に心をとらわれてしまう人もいます。
相手からはっきり否定される前に、自分から、
「迷惑だったに違いない」
「私がおかしかったのだ」
と結論づければ、それ以上傷つかずに済むように思えることもあります。
恥ずかしさには、他者から否定される痛みを先回りして避けようとする働きもある
のでしょう。
私たちは皆、自分のしたことを理解され、認めてもらいたいと思っています。
時間や気持ちを注いだ分だけ、よい反応や成果を期待することもあります。
だから、相手の反応が期待どおりではなかったとき、自分の行為だけでなく、自分の価値まで否定されたように感じてしまうのです。
けれども、相手の反応が期待どおりではなかったことと、あなたの価値が否定されたことは同じではありません。
また、差し出したものが実際に使われたかどうかだけで、そこに込めた気持ちの価値が決まるわけでもありません。
夢の中で人の反応を見て恥ずかしくなったなら、
「相手は、本当は何と言っただろう」
「自分は、相手の表情にどのような意味をつけたのだろう」
「なぜ、それほど否定されたように感じたのだろう」
と考えてみましょう。
そこには、人からどう思われたかという問題だけでなく、
自分自身が、自分の行動や過去をどのように評価しているか
が表れているのかもしれません。



コメント