自分では、どうすることもできない。
私達は
何か「見直しをしたいのに、時間が差し迫っている」時には、
もう少し、時間があれば
と思うのに、
「焦っている時に待たされる」と、同じ時間が、とても長く感じられるものです。
でも、その待ち時間が恩恵をもたらすこともあります。
今のあなたには、その必要がある
ということ。
受け身の状態を余技なくされていること。
できるだけ、不要な干渉をせずに「とき」の熟するのを待つ
必要があります。
時期相応という言葉があるように、物事には相応しい時期があります。
例えば恋人を待っているなら、お相手の情熱が戻ってくるまで待つ必要があります。
「電車」を待っていることもあります。
予約していたフライトがキャンセルされた
など、いつまで待たされることになるのか、見当がつかない
ということが、人生の時々におきます。
イライラしながら待つ人がいる一方で、
小説を読むことや文章を書くこと、絵を描くことなど、
没頭できることを探し、「小さな楽しみ」を見つける努力をする人もいます。
実は、
そうしているうちに、私達は
少しずつ変化や成長を遂げ、前進しています。
新たな見通しが明らかになり、決断に至るまで
待つ必要があること。
その姿が、同じ問題を抱える誰かのいいお手本になっていることもあります。
まもなく新しい冒険が始まること。
私達は、
何もないように見える
その裏で、時が熟していくことを知っています。
価値のあることを実現するには、それなりの時間がかかるということを自覚する
必要もあります。
待たされる側は、
自分(達)だけなら、次に進むことができるのに、
という気持ちを抱くものです。そう思いつつも待たなくてはならないのは、
自分の人生に欠かせない「協力者」だからかもしれません。
あなたは、その人物が
自分を理解したり、実際に行動に移していく準備が整うまで、
「堪えなくてはならない」という苛立ちを抱えるかもしれません。
どうせ、時間は容赦なく過ぎてしまうのです。
与えられ、強制された時間を耐えがたいものに終わらせないためには、
あなた自身が、沢山の世界観・新しい経験を培おうとすること、
この時間を積極的に味わう
ことが大切です。
今は、
答えを求めて堂々巡りしたり、なりふり構わずアピールする
攻めの時期ではないということ。
このプロジェクトを通して、自分と相手の生命の繋がりを実感し、
認識しながらそれぞれの感性に届く表現力を学んでいたり、
生命についての智慧を深め
未来のビジョンをつくりあげていきましょう。
ゴールを心にイメージし、それに結びつく幸せな気持ちを忘れずにいることが大切です。
あなたが求めている対象もまた、あなたを求めているということを認識すると、意志はさらに強くなるでしょう。
「もしも実現しなかったら」というのは禁句です。
そうした考えを頭から追い出し、着実に現実のプロジェクトをこなしていくなら、
対象があなたを認め導いてくれます。
その「とき」がきたら、あなたは
共有し、意味を確かめ合い、経験を共にすることができます。
このとき感じられる存在感は、
「〇時〇分どこにいたか」という意味での存在を、遥かに超えたものになっているでしょう。
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