もう大丈夫だと思った直後に状況が一変する/安心できると思っていた根拠が崩れる/心のどこかに残っている警戒心
夢の中で、怖い思いをすることがあります。
誰かに追われていたり、
危険な場所にいたり、
何か悪いことが起こりそうな気配を感じていたり。
ところが、途中で助けてくれそうな人が現れたり、
大勢の人がいる場所に出たり、
安全そうな場所まで逃げることができたりして、
「もう大丈夫」
と安心することがあります。
それなのに、その直後。
状況が一変して、再び恐怖に突き落とされることがあります。
安心したからこそ、そのあとの恐怖がいっそう強く感じられる――。
そんな展開も、夢では珍しくありません。
なぜ、夢はいったん安心させるのか
最初から最後まで怖い夢なら、
「何かに不安を感じている」
「強いストレスや警戒心がある」
という解釈もしやすいでしょう。
けれども、
不安 → 安心 → 恐怖
と変化する夢では、「安心した」という場面にも意味がありそうです。
私たちは現実でも、
「ここまで来れば大丈夫」
「これだけ人がいれば何も起こらないだろう」
「あの人がいるから安心」
「もう問題は解決した」
など、何かを根拠にして警戒を解くことがあります。
安心とは、危険が完全になくなった状態をいうより
「もう心配しなくてもよい」と自分が判断した状態
といえるかもしれません。
そして、夢は、ときどきその判断を覆すのです。
「大丈夫だと思った根拠」が崩れる
注目したいのは、
「私は、何を見て安心したのか」
ということです。
人がいたから安心した。
鍵をかけたから安心した。
家まで帰ってきたから安心した。
誰かが助けてくれたから安心した。
相手がいなくなったから安心した。
ところが、その根拠が夢の中で通用しなくなる。
そこには、
「本当にこれで大丈夫なのだろうか」
という心の奥の警戒心があります。
また、過去に「大丈夫だと思っていたのに、そうではなかった」という経験があれば、その感覚が夢の展開に重なることもあるでしょう。
「これから怖いことが起こる」予兆ということではなく、
自分が何に安心し、何に不安を感じているのかを、夢が極端な物語にして見せていると考えられます。
助かったと思ったあとに、もっと怖いことが起こる夢
夢では、
逃げ切ったと思ったら相手が追ってきた、
味方だと思っていた人が突然敵になった、
安全な場所に逃げ込んだのに、そこにも危険があった、
大勢の人がいるから安心したのに、誰も助けてくれなかった、
という展開もあります。
これらに共通しているのは、
恐怖そのものより、
信じていた安全が安全ではなくなること
であり、実のところ、こちらが夢の中心になっている
のではないでしょうか。
実際に見た「安心が恐怖に変わる夢」
ベビーカーを押して、見覚えのある道を歩いていました。
後ろから誰かがついてくるのが気になっていましたが、前から小学生の集団が歩いてきたので、「これだけ人がいるのだから、まさか何もしてこないだろう」と安心しました。
ところが、その人は一緒にいた女性に自分の荷物を渡すと、突然こちらへ向かって全速力で走ってきました。手には鎌を持っていました。
興味深いのは、怖い人物が最初から襲ってきたわけではないことです。
後ろからついてくる人を警戒しながらも、
前からやってきた小学生の集団を見て、
「人目があるから大丈夫」
と判断しています。
現実でも、ごく自然な判断です、
ところが夢は、その「大丈夫」を覆します。
相手は荷物までほかの人に預け、身軽になって全速力で走ってくる、
「もしかしたら怖い人かもしれない」という曖昧な不安が、
「やはり自分を狙っていた」
という確信に変わる瞬間です。
安心した直後だからこそ、恐怖はさらに大きくなります。
安心した場面にも、夢を読み解く手がかりがある
怖い夢を見ると、どうしても最後の恐ろしい場面ばかりが印象に残ります。
けれども、「安心が恐怖に変わる夢」では、その一つ前の場面も思い出してみてください。
なぜ安心したのか。
何があれば大丈夫だと思ったのか。
そして、
その安心は、なぜ崩れたのか。
そこまでたどっていくと、
単に「怖かった夢」として終わらせたときには見えなかったものが見えてくることがあります。
夢が見せているのは恐怖だけではなく、
「自分にとって、安心とは何なのか」
なのかもしれません。



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