夢占い し  

地震   死体   自転車  写真  照明  知らない人     神社   真珠

 

地震

あなたの、人生の基盤を揺るがす出来事が起きることを予兆しています。

あなたがこれまで信じてきたこと・生き方はもう、役にたたなくなります。

その手の中に握りしめていたものは、跡形もなく消え去ってしまうでしょう。

変化によって何を手放すことになるのかは、まだわかりません。

それは心の中に潜み、密やかで暗黙の了解としてあるものだから。

何か大きな出来事があって、初めて「発見」されるのかもしれません。

人は誰しも何かを信じて生きています。

あなたは特定の宗教を持ってはいないかもしれません。

科学という、一つの思考の枠組みを信じているかもしれないし、

これまで体験したこと、意識して考えたこと、味わった感情や体験した愛を信じながら生きているのかもしれません。

或いは、所属している組織や大切な人のことを信じているかもしれません。

そうして何かを信じていたとしても、ずっとそのままであり続けるという保証はどこにもありません。

方丈記の冒頭の一章は、流れゆく生命の本質を表わしています。

行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず

万物は流転し、私達は凄まじい変化に奔流されながら生きています。

この世で一番確実なこと。

それは「全ては変化する」ということ。

そのせいか、私達はいつも、どこか心元ない気持ちで生きているし、

有限の世界の中に身を置いている間は、何かしっかりとした確かなものを掴んでおきたいと考えます。

そうでなければ、足下は揺らぎ、根無し草のような人生を送ることになるから。

地震の夢は、その「しっかりとした確かなもの」が揺るがされそうになっていることを告げています。

だからあなたは、一時的に生活が脅かされる感じを味わうかもしれません。

でも、この大きな変化を経験することで、あなたは日常をより創造的に送れるようになってゆくでしょう。

 

死体

死体を見ているのは、自分の魂の声に従いたい、と思っているから。

夢は「今勇気と自信を持って、一歩前に踏み出す時がきた」と告げています。

あなたの中には、自分にあわないもの・自分のためにならないこと・自分の道義に反するものを手放す準備ができています。

夢の死体に怯えて動けなくなるのは、「自分が変化することによって、内面や周囲の人々の中にある不快な問題をかき回すことになるかもしれない」という恐れがあるから。

「あなたの魂を侮辱するようなものは、何でも放逐せよ」詩人ホイットマンはそう助言しています。

その死体が誰であろうと、精神的な存在としての私達の本質は「愛」に溢れています。

あなたの愛は更に自分が役立つことを探し、平和と調和を創り出してゆくでしょう。

親しみを感じる人

夢の中に登場した人物に親しみを感じたなら、その人は運命の加護ともいえる存在です。

近々あなたが進めていることに協力者が現われたり、物事が順調に運んでいくようになります。

夢のシーンによっては

「賢明な自分」との対話を深めている可能性もあります。

いずれの場合も、これからのあなたにとって有益な存在であることに変わりありません。

あなたが

もっと素敵になりたい、もっと成長したいと思っているから。

一生懸命自分を変えようとしているから。

あなたが、自分から努力しようとする人だから。

よりよい変化のためには、魂の強さが必要です。

何かの「加護」があるのは、

「覚悟」があり、思いを定め、自分を信じることができる時です。

そのような時、あるべき場所にあなたを導き、育てようとする「大いなる力」が働きます。

これから進む道の途上で、夢のその人があなたと合流できるのを待っていることもあるでしょう。

実在しない場所

道は間違えていないはずのに、いつもとはまるで違う場所にいる、

そんな夢は、あなたの中で

「現実から逃避したい」

という願望が高まっていることを示しています。

最近、

「もしも、あの時こうだったら」

「もしも、この先別の方向に進むことができたら」

と考えることが多くありませんか。

無意識の世界では、数え切れないほどの次元の映像を流すことができ、

「もし、その人生を生きていたら」どうなっていくか、その道を見せてくれることもあります。

生きる現場の中では為す術がわからなくて、立ちすくむしかなかったとしても

日常的感覚から離れ、普段の切迫感から解放されたとき、のびのびと考えることができます。

そこは「理屈」に安住しない世界。

ただ、現実の日常も、あなたの心が創り出します。

非日常的な世界に出会うために、今の場所を離れたり、夢の中だけに求める必要はありません。

あなたの「開かれた目」と、ほんの少しの勇気さえあれば、見慣れた光景の中に、非日常を体験することができます。

見慣れたものに囲まれていたとしても、心の中にある広大な世界と、その可能性にあなたの目が開かれる時、非日常への扉を開くことができます。

死にかける→瀕死の重傷を負う

自転車

自分の力でバランスをとって進むことの大切さを伝えています。

実際に自転車を漕ぐ時の、自分の姿勢を思い出してみてください。

左右対称に手足を伸ばし、均整をとって走ることはまずありません。

走る道も坂やでこぼこ道があり、平坦な道でさえ左右どちらかの側に体が傾いているのを倒れないようにする、といったアンバランスな中でバランスをとっていたりします。

体の一部分はある側を向いたまま、他の部分は違う方角を向くこともあっりします。

自転車に初めて乗る時は、アンバランスを経てバランスを獲得します。

よくよく考えるなら、宇宙に存在するものの多くは左右非対称。

私達の顔・手足も同じで、厳密に同じ長さ・同じ大きさのものはないのではないでしょうか。

この夢は、「黒か白か」といった考え方からあなたが一歩先に踏み出そうとしていること、或いは何かが欠けていたとしても、そのズレを調和させ、補い、均整をとることは可能であることを告げているのです。

 

写真  

その思い出や記憶が必要だということ

写真の中には、あなたの知っている感情があります。

現在に至るまで、一つひとつ味わい大切にしてきた感情。

その自分にフェーズを合せていくと、その都度のあなたに親しみを感じることができます。

喜びもあり悲しみもあり、今ではおかしく感じられさえする不条理な怒りなど、あなたが刻々と感じてきたことをなぞることができます。

あなたが何を愛し、何を欲して生きてきたのかを知ることもできます。

手にとった写真は、その中でも心惹かれる一枚。

今のあなたに必要な人格。

その時のあなたが、今立ちはだかっている問題の解決に役立つのかもしれません。

何でもないことが、後になって実は大きな意味をもっていたと判ることがあります。

そういう意味で、あなたの過去は、記憶されることで引き出したり利用することのできる「遺産」なのです。

無意識的な「嫌悪・愛情・衝動」も、あなた自身から受け継いできた遺産です。

けれど、いつも遺産の全てを抱え生きていくのは大変です。

現実の世界で必要な時写真を取り出すように、記憶も普段は無意識の貯蔵庫の中に収納されています。

過去その場所を通ってきたことを

あなたが譬え忘れてしまっていても、「写真」を見て思い出すことができます。

それを計画的にも偶然的にも引き出し利用することができます。

あなたの感情が誘発されるもとになった経験も教えてくれるでしょう。

「その感情は正当な起源をもっている」と、証明してくれます。

もしも、不愉快な感情のしこりを十分説明することのできる事情を過去の写真が教えてくれたら、

あなたはその傷を癒し、はじめて手放すこともできるでしょう。

「銃」は、男性エネルギー・男性性器SEXを象徴することがあります。

銃で脅されたり、銃を持った人に怯えていたりする夢の「銃」は、

権威や危険を及ぼす人物や状況の力

を表わしています。

銃が、特定の的に向けて発砲されるのは

目標(人物)はもう定まっているということ、現実には

ライバルへの挑戦、

異性へのアプローチ

を意味していることがあります。

それらは攻撃的で、

「狙いはおまえだ」というような、執拗な心理であり、

狙いを定めた力の行使を示唆しています。

だから、夢の中で銃を向けて威嚇してくる人物は、

実生活であなたに不当な圧力をかけている人物がいること、

実際にそうであるというよりは、あなたがそう思い恐れている人物です。

夢の中では、あなたが銃を手にしていることもあるでしょう。

その場合も意味は同じで、銃はあなたの個人的な力を象徴します。

そして的を外してしまうのは、計画がうまくいかないことを意味します。

特殊な職務でないかぎり、私達が現実に銃を手にすることはありません。

それだけに、夢であったとしても

銃を手にするほどの「攻撃性」が自分の中にあったのか

発砲するような「残虐性」が自分の中にあるのかと、びっくりするかもしれません。

けれど、心のバランスがそうしたシーンをうみ出すこともあるのです。

例えば行きすぎた行為・やり過ぎ・のめり込みすぎ・情熱過多、自意識が過剰になるなどは、誰にでもあることでしょう。

そうした情熱や過剰さというものは誰の中にもあって、外に出たいともがいていることもあるのです。

照明

灯り参照

 

知らない人

同性の知らない人は、あなた自身、異性なら理想の恋人像・恋人の分身です。

女性にとってはアニムスであり、男性にとってはアニマです。

夢の知らない人のことを良く思えないのは、その人が自分では認めたくない短所を示す存在だから。

もしもその人を魅力的だと感じたなら、あなたの長所が発揮されているのです。

ただ、夢の本意は短所・長所を示すためではなく、あなたがその人に感じた失望感や喜びによって「自分を磨こう」と仕向けることにあります。

私達が生きる現実世界には、様々な綻びや深淵があります。

夢の知らない人は、時に「今まで目につかなかった」ことに目を向けさせ、危険や裏切り、惑わすものに惑わされないよう、忠告してくれることもあります。

 

白は、「清潔感」・「純粋さ・清らかさ」などを表わす反面、安っぽさを感じさせることもあります。

例えば白くて軽いプラスチックのようなもの。

それはお手軽に使えるよさはあるかもしれませんが、本物と比べた時は明らかに見劣りがします。

あなたが夢で見たものの印象はどちらでしたか。

 

白は「光」とか「輝き」を表わすこともあります。

あなたの中に備わるそれを、心の底から認め尊重することが大事です。

自分を心地良く受け止められるようになると、安っぽい自己防衛的な態度を取る必要もなくなります。

あなたの本質を隠さず、誠実に表現することによってもっと心地良く生きられるようになります。

 

神社仏閣

心の拠り所。

或いは、あなたの幸福を左右するもの。

信仰をもっている人は、その信仰の形で登場するでしょう。

信仰がない人は、自身の信念を象徴する形で夢に表れます。

例えば瞑想やヨガを日課にしているような人にとって、神社仏閣は教会に近いイメージであったりするでしょう。

夢で登場した人物によって何か特別な意味のある言葉を告げられることもあります。

あなたは偶然にここにいるわけではない、というメッセージを受け取ることのできる場所です。

あなたが、心の幸福とは何かを理解するために手助けしてくれる場所を指すこともあり、

学びのプロセスを効果的にするために、人生の計画をあなたに知らせ、思い出させることもあります。

 

真珠

「癒し」を意味します。

夢でのそれは、「痛みを引き受ける勇気」といったほうが納得できるかもしれません。

「苦しみの中から、美しいものがうまれる」ことを、あなたは今思い出しています。

人の気持ちを考え過ぎてしまい、誰かを傷つけるくらいなら自分が・・と思ってしまう性分は損だと思うかもしれません。

けれど、いつも見返りを求めず、全力で人に尽くすことができるあなたに「後悔」はありません。

誰かと出逢って得たことも、大事な人との思い出も失われたりしません。

大事なことは、あなたや相手の中もにずっと残り続けていきます。

 

新聞

あなたの関心が世論に向いていることを表わします。

真に成熟していくために。

心の感度をあげるために。

経済・政治・環境問題・人道問題等々、世の中の行き詰まりを打開するために。

理由はどうあれ、自分の目で見、自分の頭で考え、自分の信念で行動してゆきたい気持ちも高まっています。

今、世界のいたるところが深刻なカオスに覆われています。

そのような中で、真の思想と展望と希望をもって生きるには、信頼に足る情報が必要です。

大事なのは「何かが見えるようになること」だから。

確かな道を歩むには、自分より多くを知っている「優れた機関誌」に意識を向ける必要があるでしょう。

新聞は「これをやれ」とは言いません。

あなた自身の理解力で、自己への働きかけを通して、もっと広い世界へと参入してゆくために、それが必要なのです。

 

新聞には、日々新しい情報が掲載されます。

新しい観点に立って見聞を広めていくことが大切です。

 

コメント

  1. かんふる より:

    試験を受けている夢について解説をしていただけると嬉しいです。学生ではないのに、何度も見ます。

タイトルとURLをコピーしました