夢占い こ

 コート  珈琲(コーヒー)  恋人の元カノ  公園  交換  交差する道・交差点  洪水 高速道路  工場  声・言葉  故人  子供  困る ゴミ  殺される  殺す  壊す

 コンサート19

氷・凍る
氷は水が冷えて固くなった状態であり、

水は感情を示すので、今のあなたの感情が

冷たく凍り付いた状態にある

ことを表しています。

或いは、

夢に登場した人の心や、凍ったものが象徴する側面が閉ざされている可能性があります。

それが、外界との関わりを遮断しているのです。

悲しんだり、自分を正当化したり、後悔したり憎んだりしているのとは違い、

無関心で強情な態度を貫き、それで自分を守ろうとしている可能性もあります。

誰からも助けてはもらえない、悲劇のヒロインになっていて、

心は現実とは違う場所にあるのかもしれません。

たいていは、

自分の心に対するこだわりが、そうさせています。

私達は、

広い世界の中で、「自分の心」だけが特別な存在であるかのように確信していることがあります。

「私の心」に対するこだわりが、夢の氷を解かすことを難しくしています。

このままの状態を維持しようとすれば、あなたは多大なエネルギーを費すことになるでしょう。

そのようなことに自分の全エネルギーを使ってしまったら、前進できなくなります。

状況を変えようと頑張らないことです。

氷を解かすには、室温にただ置いておくだけでよいのです。

原因となっていた人とは距離を置き、道行く人の心に目を転じましょう。

これは「自分の心」のこだわりから抜ける、一つの方法です。

他者の心に目を向け、ほんの少し意識をずらすだけ、意識を自分から逸らすのです。

心がバランスを取り戻せば、あなたは再び動き出せるようになります。

もしも

夢の中の氷が解け始めていたなら、変わらなかった物事が変わりだすでしょう。

コート

現実のコートは凍えるような寒さから身を守ります。

夢で着ていたコートも、外界で起きる変化や敵など、あなたの身(心)を守るためのものでした。

外界はあなたにとって「厳しい世界」のようです。

あなたは、

自身の本当の気持ちを隠したい、秘密や弱みを握られたくない、批判を受けたくない

と思っています。

コートが厚いほど、心のヴェールが厚いことを意味します。

本来コートの出番は「冬」です。

それ以外の時に着用しても重く、暑苦しく邪魔になるだけです。

そろそろ、明るい陽だまりの中へ心を向けてゆきましょう。

自分の心の中をのぞき込み、

今いる場所がどうして心地良く感じられないのか、受け容れることができないのか、

考えてみましょう。

そして、

実際に起きていることを認め、生きていくようにしましょう。

少しづつ外の空気に身を慣し、体感し、経験を増やしていくのです。

開き直り、いきなり暗礁にぶつけるような真似はしないでください。

少しづつ、現実と向き合ってゆけば「危機感」は薄れてゆきます。

忍耐をもって受け止められるようになれば、外が少々冷たくたって、無力化させることができます。

他の人から弱点、触れて欲しくないことを衝かれることは、決して快いことではないでしょう。

けれど、この地上に降り立った魂はみな、あなたと同じ「未熟者」同士なのです。

だから受け入れ合う「学習」をしましょう。

他の人が自分とちがうのは当たり前のこと。

だから揉まれあい、時に「喧嘩」しながら人との接し方や距離感を掴み、人を受容できるようになるのです。

触れられたくないことに触れられ、衝かれたくないことを衝かれながら自分を知り、自覚し反省し経験値を高めてゆきます。

風当たりを直に確認し、時に理解し、回避能力や回復能力を高め、日常生活を健康的に営めるようにしましょう。

歩み入ってゆくと、様々な本性に出逢い、心が折れそうになるかもしれません。

「自分はちっとも守られていない」と、感じることもあるかもしれません。

でも考えてみて。

あなたにはこの世界に参入する特権が与えら、「力」を身に付ける可能性を常にもっている!

地上に降り立った誰もが「選ばれし者」。

今は持てずにいる能力を あなたはいつかきっと獲得するでしょう。

そうして自身を発達させるため全力を尽くす中で、あなたは何に出逢っても、

どんな否定的な感情に襲われても、びくともしないようになります。

参照

珈琲(コーヒー)

水は生存に必要なものを手に入れる欲求です。

でも、珈琲を飲むのはそれとは違います。

栄養を摂取するためでもありません。

夢の珈琲が表しているのは、

自然な欲求の充足とは異なる次元の行動を繰り広げること

です。

珈琲の夢には、主に社交的な関係が表れています。

夢の中で、あなたが

「美味しい珈琲を」

「親しい人とともに」

「味わう」

ことのどれを望んでいたのかも手掛かりになります。

例えば「美味しい珈琲」を求めるのは、

より良い関係性やおいしい(メリットのある)関係を、或いは状況の回復を試みている可能性があるでしょう。

「親しい人とともに」については、

珈琲の冷め具合から推測します。

相手や状況に対する「欠如と充足」「快・不快感」を認識したいと思っているのです。

「味わう」ことに焦点が行くなら、

状況に適度な刺激を欲していて、なんらかの方法で満たそうとしているか、なんらかの方法で埋めようとしています。

恋人の元カノ

夢に恋人の元カノが登場したからといって、

あなたの心配は、

実際に元カノと彼がよりを戻すことではないのでしょう。

彼とうまく恋愛を進行させていくためのヒントがほしい

のです。

彼を「もっとわかりたい」、彼との関係を卒業した人から情報を得たいと思っています。

実際、あなたは元カノの顔すら知らないかもしれません。

あなたが知りたいのは、あくまで彼のこと。

だから夢の元カノは、

自分のデータの中から、元カノのイメージにぴったりくる人を、あなたが選んだのです。

彼の反応の中に確かなもの・有利なもの・進展の手掛かりを見つけたいと考えています。

公園

二つの観点から、意味を考えてみましょう。

それというのも、公園という場所が

・癒しやくつろぎのため、

・人と集うため、

二つの目的で使われるからです。

1つには、

あなたがリラックスできる場所にいるか否かを表しています。

公園で人が寛いでいたか、

草花は手入れされていたか、

それらを見て心安らぐことができたか、息苦しい思いをしなかったか、

自分の拠り所とする信念や心情に照らしてみましょう。

緑の爽やかな香りや涼しく柔らかな風、あたたかい日射しの中に身体を投げ出し、寛いでいたい、そんな欲求に駆られ、

リラックスを促されていると思えるなら、実際に自然のある公園にでかけ、一人静かに休息するのが一番です。

もう一つには、普段のあなたの

「コミュニケーション」がうまくいっているかどうかが表れています。

沢山の人が行き交うような、大きな公園であるほど「公共」の場としての性質が強くなります。

お祭り・集会などが行われることから、地域社会そのものを示すこともあります。

夢の公園の中でイベントが行われ、楽しんでいたなら、

あなたがいつも社会に目を向けていて、沢山の人と関わる立場であることを告げています。

今のあなたは、多様な人達が行き交う空間の中で、刺激を受けて生きているのでしょう。

小さな公園は、選ばれた人々のテリトリーです。

音楽・写真・絵画・スポーツ・・、趣味を同じくする人々が集う場所・職場などを表わします。

多様な価値観に触れ、アイデアを出し合うプロセスの中にいるのかもしれません。

そうしたなかで、人は「答えは幾つもある」ことを学び、更に高め合ってゆくようになります。

誰もいない公園は、社会への関心を失っていることの表れです。

この場合、あなたに

「共生」を探求していくよう促しているので、

「外に出て、社会に目を向ける」ことが大切です。ただ、そう言われても何をしたらよいかわからないかもしれません。

最初から、難しいことに挑戦する必要はありません。

まず、

あなたがいる場所の、一番近い部屋の窓を開けましょう。

心地良い風が通ります。

日常の中で、そうした「換気の実践」をし続けます。

時間をかけても、心を外に向かって開く姿勢をつくっていけばよいのです。

あなたの心が広がって理解がうまれ、新しいものを受け容れられるようになり、具体的活動を取り入れられるようになったら、それを自身の規範として行い、「その先にあるもの」に繋がってゆけばよいのです。

交換

自分が欲しいと思っているものや運命に、

どのくらいの価値があるのか、知りたい

と思っています。

或いは、

それを手に入れるためにはこれだけの覚悟が必要だ

と思っていることを表します。

例えば、ある女性は姉に

結婚しないのか、と聞かれ、

自分は今、そのためのチケットをためているのだ、と言っている夢をみたそうです。

これはつまり、

たまったチケットで結婚相手をゲットするのだ、

という、一種の交換といえます。

チケットは「切符」と同じ、運命を方向付けるメッセージカードであるといえます。

チケットを手に入れるには、彼女の中にその「予定」が組まれていなくてはなりませんから、

この夢の場合、

結婚の予定は確かにあるけれど、

まだその段階にきていないと考えているか、

価値ある相手・理想的な相手に出会うまでは、自分の運命をかけることはできない、

間違った選択はしたくない、と慎重になっている気持ちが表れています。

 

あなたも、自分が幸せになるために必要なものを、それと同じくらい価値あるものと交換しようとしていたかもしれません。

ドイツの教育学、エドゥアルト・シュプランガーは、

(青年は)自分の性質に従って価値を選びだす

といいます。

多くの場合、人は身の丈にあったものを純粋に価値を追い求め、

これに従って生きようとします。

振り返ったとき、それはいかに流動的であったことだろうとわかりますが、

少なくともそのおかげで、私達は新鮮な生命を保ち続けることができます。

諸々の価値の中から何も最も大切なものとして選び出すのか、あなたの心の旅の内容は決定され続けるでしょう。

 

実のところ、

そのものの価値を決めるのは、その価値を体現しているものではなく、

それを評価するあなたの心です。

このことを端的に示しているのが、有名なことわざ

「猫に小判」「豚に真珠」です。

小判は誰がどう判断しようと小判のままですし、真珠もしかりです。

でも、

猫と豚にとって、小判や真珠は瓦礫に等しいのです。

あなたの生命力が強くて豊かであるなら、価値を創造することだってできます。

ただの流木が、立派なインテリアになるように、土が陶器になるように、

世間で見向きもされないようなものに、命を吹き込むこともできます。

最も交換価値があるもの、それは

あなたの生命エネルギーです。

幸せになるために、生命エネルギーを注ぎ込むものを間違えないことが大切です。

交差点する道・交差点

現状、どの道にも進むことができるよ、というサインです。

夢で立ち止まっていたのは、あなたが今選択肢を与えられて見合わせているから。

重要な局面で何か一つを選択しなくてはならない時、

「選ばれなかった選択肢にある、大切なものを見失っていはいなかっただろうか」

と不安に襲われ、「沢山の情報」を入手しなくてはならないような気持ちになります。

そのパターンにはまると、自分の安全のための道を探し続け、永遠に避難場所を求めるような生き方をしなくてはなくなります。

その道を進むことで「自分にどんなメリットがあるか」は勿論大切ですが、

もしも迷ったら、

「自分が人にどんなことをしてあげられるのか」を考えてみましょう。

そこから更に自分のメリットを考えたっていいわけです。

他の人と深く安定した「絆」を築くことを意識すると、

あなたの周りにいる人だけでなく、あなた自身に揺るぎない自尊心が備わるから、たいていはよい結果をもたらします。

また、そうした意識は宇宙と共鳴しやすいので、

自分に必要な情報は、いつでも必要な時に直感という形で降りてくるようになります。

あなたはリラックスして、訪れる状況をもっと楽しめるようになります。

洪水

夢の洪水は、

人生の予期せぬ変化や挫折で高まった、感情の波

それがあなたの心を襲っているという、危険状態を表しています。

現実、周囲の状況の飲み込まれたり、翻弄されているのではないでしょうか。

洪水に限らず、水が恐ろしいものとして夢に表れるのは、

感情が高ぶっていたり、愛情のトラブルなどで追い詰められているときです。

若しくは、あなたは

長い間、感情を閉じ込めて生きてきたのかもしれません。

そうであるなら、

潜在意識はあなたが本心で生きることを望んでいるにも関わらず、それをしないできたことが、現在の状況の作り出してしまっているのでしょう。

まずは、

自分はどこに向かえば安全なのか、どうすれば揺るぎない場所にいけるのか、教えてほしいとSOSを出すことが大切です。

夢の中の自分がどのように対処したかも、現実の取り組みへのヒントになります。

夢のイメージによっては、新しい状況の訪れを示していることもあります。

その場合、

いままで築いてきたことすべてを捨てて、新しくやり直す必要があるでしょう。

価値観が大きく変わり、それによって迷っていたことに結論が出たりもするでしょう。

そこに求められているのは、新しい状況に対応できるようになることです。

本当に生き延びるためには、確固とした展望を持つことが大切で、

過去にとらわれない新たなものを生み出す

のも、同じ「水」なのです。

高速道路

一つには
物事を急ぐ必要があって、現実でも

猛スピードで走っている

ことを表わします。

もう一つには、

より大きな目標に取り組む必要がある

という認識にたっていることを表します。

若しくはこの両方であったりもするでしょう。

自分が立てた目標を達成するために、極力効率よく進めていめようとしているのです。

規制内であればスピードを出すことは許されていても、

もっと速度を落として進むよう、忠告する夢であったりもします。

どんな場所でも、

禁止の標識やタブー・神聖なものを示す警告・解釈の歪み・幸福感という落とし穴・・そうしたものを無視しないことです。

これまでで育ててきた「理性」を使い、物事をしっかり見据えて進みましょう。

感情だけで走るのは危険であり、

高速道路上で他の車に追い越され、怒りの感情に振り回されて「追い越しかえそう」などと考えては事故の元、トラブルを引き起こすことになります。

無事ゴールに辿り就くためには、理性を働かせ感情をコントロールできることも大切なのです。

高い領域に向かうほど、論理的・分析的思考の介在が必要になります。

道筋が明確で、行動に基準があること、

何を成し遂げ、何をしないと決めるか判断できること、

必要な時に休息できるか、どうすれば自分をリフレッシュさせ行動力を回復させるか考えながら進んでいくことができれば、飛躍的に成果を上げることができます。

工場

労働力や義務・責任を象徴しています。

工場の環境条件は、現実のあなたの労働意欲を表わします。

もしも夢の工場が「牢獄」のように感じたとしたら、

現実はそれほど苛酷ではないにしろ、似たような「嫌悪感」を感じているといえます。

工場で機械が動いているシーンが強く印象に残るのは、自分は社会の歯車の一部に過ぎない、という気持ちの表れです。

確かに、仕事の収入に問題はないかもしれません。

でも、気力を削がれるような仕事を日々強いられていると感じるのであれば、

この夢は

その労働環境にしがみついたままでいると、自分の生産能力は損なわれてしまうぞ、と警告を発しているのです。

「生活」という言葉は「生」で始まります。

現実の仕事も、あなたを生かすものであればこそ、続けるに値します。

あなたは、毎朝

「また今日もくたくたに疲れるのだ」という思いにうめきながら、無理矢理心と体を引き摺って仕事に出てはいませんか。

あなたの生命力を減らすような仕事に耐え続けることが、どれほど自分を屈辱的に扱うことになるのか、一度考えてみることが大切です。

声・言葉

明確なメッセージ。

心・意志・精神・思考

話す内容には、運命的なメッセージや、大切な手がかりが隠されています。

夢の中で誰かに呼ばれる「呼び声」は、近々チャンスが訪れることを示唆します。

それは、大切なときを前に、内なる自分を呼び覚ます声です。

話声の内容には、これからの問題や、それに関するアドバイスが告げられています。

その声があなたの魂を触発するような、励ましの声に聞こえたのだとしたら、

姿なきその声は、あなたの超自我からの呼びかけであるともいえます。

反対に、

その声を恐ろしく感じたり、自分を罰しているように感じたら、それはあなたの自由意志を奪うもの、

自分で自分を罰しすぎている傾向があるでしょう。

あなたの魂に共鳴し、「歓喜」をもたらすものであったなら、間違いなく気高い魂の声、高次のメッセージです。

現実でも、真実の声には

誠実さ・正義・希望・勇気

を感じ取ることができます。

やむにやまれぬ心の思いが響いて、言葉や声になります。

また、理解できない言語であったら、それは過去や未来、あるいは他の星からの知らせという可能性もあります。

その声・言葉があなたの生きる勇気となり、励まされたと感じられたら、それがメッセージです。

故人

亡くなった人が、夢に登場することがあります。

あなたは、明るくこんな風に言うかもしれません。

「なあんだ。生きているじゃない」

夢の中では、不思議と驚きが少なかったりします。

この世界は、自分の内なる世界の現象にすぎない、

無意識の中にいる時のあなたは、それがよくわかっているから。

故人は、あなたの外部からは去りましたが、内なる世界に生まれ、生きています。

そして、思いによって、肉体に宿っていた時よりも強く結びつくこともあります。

夢にその人が現われたのは、あなたが日中故人に会いたいと願っていたからかもしれません。

起きている時、魂は意識領域で機能していますが、無意識の領域のもっと奥には、無限の可能性や次元があります。

また、眠りの状態があなたの精神に作用し、効果的なヒーリングが行われていた可能性もあるでしょう。

夢で「故人に会った」ことで、何か特別な意味を考えたり、その理由や出所について詮索したくなるかもしれませんが、

そうしたことは取りあえず脇に置き、

その人からもらう励ましや幸せな気持ちを、「ただ受け取り」ましょう。

夢に現われた人は、笑っていただけで、特別なことは何も言われなかったかもしれません。

それでも、夢のシーンから検討をつけ、あなたなりに感じたことをメッセージとして受け取りましょう。

子供

夢に現れたのは、自分の中の子供です。

夢の中に登場する「子供」は、シーンによって様々な意味をもち、書ききれない、というのが正直なところです。

未熟さや物事の始まりを示すこともあります。

他のキーワードと同様、随時追加を心がけます。

・内なる子供に意識を向けるよう、示していることもあります。

今、あなたが使うべき物差しは「自分の喜び」、心に住んでいる子供の声です。

あなたがその方向に歩み出すと、自分の利益にのためにあなたを頼りにしている人が困ったり傷つくこともあるでしょう。

けれど、大局的に見れば、その人の依存体質を断ち切ることのほうが本人のためになります。

人は、それぞれの人生の中で課題と取り組んで生きています。

あなたの心の子供を喜ばせるものが、真にあなたを幸せに導くものです。

また、その声こそ、あなたを他人の利己的な欲求という混乱から救い出し、自分の個性を謳歌する光の世界へ誘ってくれます。

・「遊び(心)」が重要だと告げている可能性もあります。

今従事していることが単調で、つまらないものに思えるなら、

みんなを笑わせたり、感動させたり驚かせたりして、自分も一緒に楽しめる工夫をしていきましょう。

そうしてテンションがあがってくると、いろんなアイデアも湧いてきます。

「大変だ」と思っていることも、イベント化してモチベーションを保つ、遊ぶように仕事し、自分の力を最大限生かせる仕掛けをつくり、クオリティをあげてゆきましょう。

困る・悩む

現実、何かに困ったり悩んだりしているか、

困ったり悩んだりする自分を許せずにいるか、どちらかです。

その問題に対処できるほど、自分は柔軟になれないと思うのかもしれません。

あなたの厳格さがそう思わせるのかもしれませんが、

今突きつけらる問題に時間をかけて取り組んだり、

主体的にその活問題問題の輪に参加することができるようになると、確実に成果をもたらすことができます。

それは、あなた自身を助ける貴重な「資源」である可能性が高いからです。

そう捉えることができるようになると、あなたの価値観は一歩高いレベルに達し、

精神的にも物質的にも豊かな、心地よい環境がもたらされるようになります。

 

頭の回転が速いあなたは、いろいろな論理を用いて課題を克服することができます。

そんなあなたが困ったり悩んだりするのは、

もっと建設的に、前向きに関わる必要があると感じているからなのでしょう。

優越感や競争心が邪魔しているのかもしれません。

他の人の知識や考えを喜んで参考にし、あなたの鋭い直感や思考と「融合させる」必要があるのかもしれません。

ゴミ

雑念や要らなくなった計画など

を表わします。

それらは、あなたに新しい形態を与えてはくれません。

新たなものに作りかえるには、作りかえる能力や道徳的な想像力が必要ですが、その技を得る必要もなくなったのでしょう。

他にもっとよい計画や実現の道を知ったことで、それを現実に適用する必要がなくなったのかもしれません。

殺される

「死ぬ」という生命の摂理とは異なり、

強制的な働きかけによって再生を余儀なくされるだろう、

という予兆です。

今までの運命が変るという意味においては「死」と同じですが、

あなたの側には準備が整っておらず、意志に反するやり方で変容せざるを得なくなったという点で異なります。

悪夢で終わらせないためには、本来自分ですべき決別を助けてもらえた、と肯定感を持つことが大切です。​

これまでのあなたが、どんな変容を迫られても生き方を一向に変えようとしなかった、という可能性もあるでしょう。

大きな変容の時には苦痛を伴うものです。

これまでの人生に固執して自分を頑固にしていたり、無感動のまま生きていると、人生を豊かにしてくれるものを掴み損ねてしまいます。

「殺される」のは、ある種そうした頑固な自分の考えを覆すような事実が生じる時です。

もしも、あなたの心に自分の考えを訂正する用意があるなら、思ったよりも短期のうちに別人のようになれるでしょう。

幼年期から老齢期に至るまで、誰もが各段階において、それまでの心身の組織を脱ぎ捨てねばなりません。

夢の「死」は、あなたが「再組織化」されることを意味するもので、恐れるものではないのです。

殺す

その人の影響下から逃れたいと思っている

ことを表わします。

親や指導者を殺す夢は、

「自立心」の表れ、

恋人を殺すのは、

相手を束縛したいと思っていることを、

友人を殺すのは、

友人に勝ちたいと思っていることを表わします。

いずれの場合も、

優位に立ちたいが「現実では容易に叶わない」、と思っているのです。

けれど、

この夢は「殺したいほど」募っていった気持ちを表しているわけではありません。

あなたが、

そうした自身の気持ちにけりをつけ、乗り越えようとしている

自分なりの新しい価値観を打ち立てようとしていることを表わしています。

実際のところ、

誰かを殺してしまった、という夢は悲惨です。

それが自身の向上のための必要プロセスだとしても、心が壊れそうになるでしょう。

罪悪感・悲しみ・喪失感、そして

これまで親しんだ世界から突き放され、もう後戻りできないという孤独に立たされます。

それは現実でも同じこと。

大きな変化を迎える時、

人は「二度と戻ってはこない」という喪失感に打ちひしがれたり、

「死ぬかもしれない」と思えるほど辛い体験をしながら、現実を受け入れるようになります。

気持ちをごまかさず、しっかりと理解し、味わいましょう。

事態を受け入れ、ピリオドを打ちましょう。

あなたの中ではもう、新たなものが目覚めはじめています。

壊す

あなたが故意に壊したのだとしたら、

何かを破壊するかもしれないほど不満のエネルギーが高まっていることを、

夢は暗示しています。

壊しても壊れても、そのものの機能は正常に働くことはなくなり、

使えなくなります。

それが簡単に諦められる物であったり、代替えを購入できる物ならともかく、高価なものであったり、

生活に欠かせない物であったら、それは「問題が発生した」ということ。

トラブルに見舞われたり、

放っておけば、大きな問題に発展する可能性があります。

深刻な影響を及ぼす前に、あなたの中で溜まっている不満を解消させましょう。

夢で壊れたものが、現実にも壊れると都合の悪いものであるなら、先手を打って代用品の目星をつけておくと良いでしょう。

夢の中で何かが壊れてしまう体験は、

あなたの意志を妨害する力が働いています。

夢のシーンに不安を感じたなら、

確かな拠り所を得ることが大切です。

これまであなたをゆるがせていたものがあったとしても、未来においてはゆるがせにしない、と誓うことこそが大切です。

コンサートライブ

 

 

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