夢占い け

警察   ケーキ     刑務所  ゲーム  喧嘩

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警察

夢の警察は、

より高次の法則・宇宙法則」を表わします。

地上の法則には抜け道があっても、宇宙法則からは逃れることもできないし、欺くこともできません。

私達は高次の自己によって常に監視されています。

警察官が登場する夢には、二つの意味があります。

一つは、自分の利益が侵されないよう、慎重になるようにという忠告です。

もう一つは、社会的な生活の中で自分の義務を怠っている可能性があり、それを暴かれるのではなか、と不安を感じていることを示しています。

若しくは、不正や危険に関わるかもしれないことを忠告しています。

いずれにしても、あなたに「身の安全」をはかるようにと、忠告しているのです。

夢では、優秀な刑事が来て現状の問題を深く洞察して答えを導いてくれることがあります。

それは、あなた自身の能力です。

それならなぜ、あなた自身が答えを導き出さないのでしょう。

そのような時は、心理的な盲点があるのです。

心理的な盲点とは、自分の生き方や性格、そして行動パターンついて理解できていないということです。

夢の警察は、あなたを公平に且つ客観的に見て正確な判断を下し、「知らなければならないこと」を教えてくれるはずです。

ケーキ

一つには、

あなたの関心が、なんらかの行事・イベントに向いている

ことを示唆します。

もう一つは、

ある成果へのご褒美を期待している、

若しくは、

結果だけに意識が向いている、

ということです。

いずれにしても、夢のケーキは

現状訪れる予定の「喜び」を形にしたもの

であるといえます。

現在進行中のプランがうまくいくことを願っている

気持ちにかわりありません。

くたくたに疲れてしまう日があっても、あるプランに基づいて行動した時与えられる喜びは、

新たな活力となります。

「喜び」の感情を伴うものが

あまりに絶妙なタイミングに授けられると、「感謝」の気持ちと同時に、

何か深い意味を感じることがあります。

自分はなんて運がよいのだろう、と思ったり、「不思議」な感情や、驚きが伴うこともあります。

それは、自分の人生が、より大きな計画に共鳴しているように思うからでしょう。

魂が選んだ人生の方向に、正しく向かっている(使命を見つけた、使命の道を歩み始めたなど)と感じられることもあります。

冒頭に記した「イベント」とは、それを祝うものであるのかもしれません。

刑務所

刑務所に入らなくてはならないような悪いことをしたのかもしれない、

と、あなたは考えるかもしれません。

悪いことが起きると、まずあなたは、自分に非があるのだと考えます。

夢は、

あなたがあまりに優しくて真面目なので、

そのままだと自由が利かなくなっていくよ、

と知らせているのです。

ある女性は、いろいろな夢を見るけれど、最後には刑務所に戻ってくるという夢を何度も見る、

と言います。

刑務所は、

あなたの言い分などお構いなしに自由を抑制する場所

なのです。

言い分を主張する段階を通り過ぎ、束縛されてしまう現実の辛さを、夢は示している

のです。

自分に正直に生きることができるまで、こうした夢を見続ける可能性があります。

精一杯機転を効かせ「スルー」力で交わしていたとしても、

それは真の解決策にはなっていないことがあります。

どんなに押し殺しても、感情が消えることはないからです。

この世界は、自分が自分らしく輝くため、最高の力・最大の力を発揮する場所でもあります。

あなたの生命そのものが輝き、この先も幸福に満ちていくためには、闘うことも大切です。

闘う相手とは、自分自身です。

自己に打ち勝つことは、存外難しいものです。

諦めに支配されがちな心と闘うためにも、まず、最初のステップとして、

刑務所に閉じ込められたあなたの感情・言い分をよく聞いてあげましょう。

自身を檻から救い出し、自由に外の世界を闊歩できるようにしましょう。

喧嘩

友人・知人・隣人・同僚・・誰であっても、夢で喧嘩していた相手は、

普段とは異なる「自身の側面」を最も的確に表わしている人です。

夢の喧嘩は、相容れない二つの心の葛藤

です。

相手に対し、

「嫌な奴だ」と思うのは、その人が、自分の受け容れたくない側面を表わす人だから。

現実世界では、あなたは大人の対応をすることができるでしょう。

ただ、

真に理解しあうためには、お互いの意見を交換しあわなくてはなりません。

夢で喧嘩し、互いの言い分を主張しあうことができれば、緊張感がほぐれます。

夢の中で一度シュミレーションしたので、現実はもっとうまくいきます。

なんでもそうですが、やってみないと手加減はわかりません。

最初からうまくいかなくても、次第に関わり方がわかってきます。

それとともに、

自分の中の側面とも折り合いがつくようになっていくでしょう。

夢の喧嘩を、悪夢のように捉える必要はありません。

誰かに対して自分の熱情を投げかけるのは、悪いことではないからです。

喧嘩は、理解しあうために挑戦をしようとする積極性の現れなのです

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