守れないことへの不安/少しずつ手を離していく心
子どもがいなくなり、必死になって探している。
公園や買い物先で姿が見えなくなったり、誰かに連れ去られたのではないかと不安になったり。
こうした夢は、子どもを持つ人が比較的見やすい夢のひとつではないでしょうか。
目が覚めたあとも、
「ああ、夢でほんとうによかった」
と、胸をなで下ろした、という人も多いことでしょう。
このような夢を見ると、
「何か悪いことが起きるのではないか」
と心配するかもしれませんが、
大切なものを守りきれないかもしれない不安
が、大きくなって表れたものであることが殆どです。
親は、子どもが小さいころから、
転ばないだろうか。
事故に遭わないだろうか。
知らない人についていかないだろうか。
と、たくさんの心配を抱えながら育てています。
現実ではそれほど強く意識していなくても、
心のどこかにはいつも、
「この子を失いたくない」
という思いがあります。
夢は、ときにその気持ちをもっとも極端な出来事に置き換えて見せます。
◆「いなくなる」には、いくつもの意味がある
この夢で大切なのは、
「死ぬ」ではなく、
「いなくなる」
というところです。
いなくなるということには、
姿が見えなくなる。
居場所がわからなくなる。
自分の手が届かなくなる。
自分の知らない世界へ行ってしまう。
といった、さまざまな意味があります。
子どもが成長していくにつれて、
親は少しずつ、
子どものすべてを知ることができなくなっていきます。
友達との時間が増え、
学校や仕事の世界を持ち、
やがて恋愛や結婚など、自分自身の人生を歩き始めます。
それは喜ばしい成長である一方、
親の心にとっては、
「少しずつ自分の手から離れていく」
出来事でもあります。
その小さな寂しさや不安が、
夢では「子どもがいなくなる」という形になることがあります。
◆公園で子どもがいなくなる
公園は本来、
子どもが自由に遊び、親も比較的安心して見守ることのできる場所です。
その公園で子どもがいなくなる夢は、
安心していた場所で、突然予想外のことが起きる不安
を表していることがあります。
また、公園では子どもは親のそばを離れ、自分で走り回ります。
そのため、
子どもを自由にさせたい気持ちと、目の届くところにいてほしい気持ち
の間で揺れているときにも、こうした場面が夢に現れることがあります。
◆子どもが誘拐される夢
誰かに子どもを連れていかれる夢では、
「自分から子どもが奪われる」
という感覚が強く表れています。
もちろん、実際の誘拐を暗示しているとは限りません。
むしろ、
誰かとの関係が深くなったり、
子ども自身の世界が広がったりして、
自分だけでは子どもを守れなくなっていくことへの不安
として現れることがあります。
夢では、現実の小さな出来事を極端な物語へ変えることがあります。
現実では単に、
「今日は私の知らない場所へ出かける」
というだけでも、
夢の中では、
「誰かに連れていかれてしまった」
という物語になることがあるのです。
◆子どもを必死に探す
子どもがいなくなったあと、
夢の中で必死になって探している場合、
そこには、
「失いたくない」
「必ず見つけたい」
という強い愛情が表れています。
人に協力を求めたり、
車に乗って遠くまで探しに行ったり、
何日経っても諦めずに探している夢もあります。
怖い夢ではありますが、
別の角度から見ると、
そこには、
大切なものを守ろうとする自分自身の強さ
も表れています。
◆何日たっても見つからない
子どもがいなくなり、
一時間、一日ではなく、
何日も見つからない夢を見ることがあります。
時間が長くなるほど、
夢の中では、
「もう戻ってこないのではないか」
という恐怖が強くなります。
これは、
現実の中で感じている小さな不安を、
夢が最後まで想像してしまった状態
とも考えられます。
私たちは、
大切なものほど、
失ったときのことを想像してしまうことがあります。
夢の中では、その想像に歯止めがありません。
だからこそ、
現実では一瞬の心配だったものが、
夢の中では何日にもわたる出来事になることがあります。
◆子どもの成長とともに見る夢
子どもがいなくなる夢は、
子どもが幼いころに見ることもありますが、
成長の節目にも現れることがあります。
例えば
初めて一人で出かける。
友達だけで遠くへ行く。
親ではない誰かと過ごす時間が増える。
進学する。
家を離れる。
こうした出来事は、
子どもにとっては世界が広がる経験ですが、
親にとっては、
「自分が見守れない時間が増える」
経験でもあり、
少しずつ手を離していくことでもあります。
頭ではわかっていても、
心はすぐには追いつかないことがあります。
その心の揺れを、
夢が代わりに表現しているのかもしれません。
◆実際に見た「子どもがいなくなる夢」
子どもが公園へ遊びに行き、そのままいなくなってしまう夢を見ました。
誰かに誘拐されたようにも思いましたが、夢の中でもはっきりとはわかりません。
「大きめの車だったと思う」などと手がかりを思い出しながら、周囲の人にも協力してもらい、必死に探しました。
それでも子どもは見つからず、夢の中ではすでに4日、5日ほど経っていました。
駅のほうまで車で探しに行き、いろいろな可能性を想像しては、
「無理、無理、無理」
と泣いていました。
そして、元夫なのか現在の恋人なのかわからない男性に慰めてもらっていました。
この夢を見たのは、
娘が初めて、父親である元夫と二人で一日旅行へ出かけるタイミングだった
そうです。
現実には、父親と娘が一緒に出かけるという穏やかな出来事です。
けれど母親にとっては、
初めて娘を一日、自分の手の届かない場所へ送り出す日でもありました。
現実の、
「少し手を離す」
という出来事が、
夢の中では、
「子どもが完全にいなくなる」
という大きな物語へ変わったのかもしれません。
また、
この夢の前後では、
「なぜか元夫がいつもより良く見えた場面もあった」そうで、
これは必ずしも、
元夫への恋愛感情が戻ったということではないでしょう。
娘と父親が二人で過ごすという出来事をきっかけに、
元夫を、
「自分の元夫」
としてだけではなく、
「この子の父親」
という立場から見た可能性があります。
夫婦としては終わった関係でも、
子どもにとっては父親であることに変わりはありません。
夢は時々、
人間関係を一面的に見るのではなく、
普段は見えにくくなっている、
その人の別の顔
を一瞬だけ見せることがあります。
◆手を離すことと、愛情がなくなることは違う
子どもが成長すれば、
親が知らない時間は増えていきます。
どこにいるのか。
誰と話しているのか。
何を考えているのか。
すべてを知ることはできなくなります。
けれど、
手を離すことは、
愛情を手放すことではありません。
子どもがいなくなる夢を見たとき、
「何か悪いことが起きるのでは」
と考える前に、
少しだけ、
最近、子どもの成長や変化を感じる出来事がなかっただろうか
と振り返ってみてください。
初めて一人で出かけた。
新しい友達ができた。
親以外の誰かとの世界を持ち始めた。
そんな小さな変化に、
心が追いつこうとしている最中なのかもしれません。
子どもがいなくなる夢は、
恐ろしい夢であると同時に、
それだけ、その存在を失いたくないと思っている
ことを教えてくれる夢でもあるのでしょう。



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