内臓は、力が及ばない機能でもある/手立てはある?
膀胱も肛門も「手放す」ことに通じています。(排泄、排便参照)
機能的には、
排出に至る前の処理段階に問題がありそうです。共通して
手放すことに伴う不快感。
「『病院で膀胱を二つ付けるか、子供を諦めるか、どっちかしかないと言われた、』
と娘に告げられる、なにそれ、どういうこと?
~~私はとても憂鬱な気持ちになって目覚めた」
実際、夢主の娘は妊娠をしていたので、リアルな問題として受け止め考えるには、
適役であったでしょう。また、
妊娠する(「新しい生命が宿る)」と、膀胱が圧迫され、頻尿になる
など、「トラブルも起きやすい」です。夢主もそれを体験していたのかもしれません。
この夢の場合は、
責任の重みがこたえる、
という心境かもしれない、
これから何か育てていきたいものがあるのに、
うまく手放せなくて、困った事態に陥っている
可能性があります。例えば、
新たに情熱を傾けられるものができて、気持ちは高まっているのに、
現職への心残りがあるとか、話しあう機会を得られていない、など。
何かが保留になったまま、仕方なく暫く溜めておかねばならない、(排出のしようがない)
ということはないでしょうか。或いは、
対処力と忍耐力の両方を必要としているのかもしれません。
いずれにしても、
最善の方向に進むために、力を注がなくてはいけないことがある、
ようで、
切実な問題の対処に迫られている
ことが伺えます。
身体の頁でも記述しましたが、自分の身体だからといって、
その働きを思いどおりに動かすことはできないものです。
私達は、無難にことを進めようという気持ちから、
話しあわないまま、成り行きに任せる、結果に委ねる、それが立ち行かなくなったら話せばいい、
と考えてしまうことがあります。
でも、こうした夢を見て、憂鬱な気分でいるとしたら、
全てのことを、人に理解してもらおうとしなくていい
ということも、念頭にいれておきましょう。
大事なのは、「理解してもらえるか否か」ではなく、歩み寄り、お互いに考えを深めていく
ことで、話しあうことは、
他の人にも、そうしたチャンスを提供すること
と考えましょう。
膀胱の夢と何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、
「てばなす」は「はなす」に繋がっているからです。
一部解釈は
「排泄、排便」「トイレに入りたいのに入れない」「選択に迫られる」の解釈に預けます。
「諦め」と後悔 身体の夢が知らせていること<1> 身体の夢が知らせていること<2>
参照



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