この夢は、次のような状況で現れやすいです。
誰かに振り回されて疲れている
自分の意見を抑え込み、穏やかでいようとしている
「怒り」や「不満」を出すことに罪悪感がある
外の猫=自分の中のもう一人の自分、
にらまれて怖いのは、実は「自分の怒りを見たくない」からです。
ひっかいてくるなど、攻撃される夢だとしたら、
心の中の猫(感情)が牙をむき始めた状態
であることを意味します。
私がふすまを開いて外を見ると、庭の木の枝から
白くて小さい猫が顔を向けていました。
本来は猫好きなのですが、どうしてかその猫が憎たらしく思えました。
触ったらきっと爪を立ててくるだろうな、と思いましたが、
私はその猫に手を伸ばしていました。そして、案の定爪を立てられましたが、
私は猫を押さえつけた手を放しませんでした。
猫が小さく見えたり、みすぼらしいのに攻撃してくる夢は、
「小さな怒りや不満を軽視している」 ことの象徴です。
本来は猫好きなのに、憎たらしいと感じる――
この感覚は、「本当は好き・大切だ」と思うものに対して、
裏切られたような気持ちを抱いている時に現れます。
たとえば、
信頼していた人に軽んじられた
好きな仕事や場所なのに、ストレスが増えている
大事にしてきた価値観が、自分を縛り始めた
そんな「好きだったものに傷つけられたような心の痛み」が、
猫(愛情の象徴)を“にくたらしく”感じさせるのです。
また、夢主が「引っかかれても離さなかった」という描写も印象的です。
この行動は、我慢と自己防衛の混ざり合っていること、
傷ついても関係を保とうとする
理不尽な状況でも、投げ出せない
*弱さを見せずに立ち向かおうとしている
いずれかに、該当している可能性があります。
猫を押さえつけるのは、
「自分の感情をなんとかコントロールしようとしている自分」そのものです。
「冷静であろうとする自分」「責任感の強い自分」
そのバランスが崩れた時、夢の中では葛藤として現れます。
もうひとつ、この憎たらしい猫が
「白くて小さな」ねこであったという箇所も、解釈が深まる部分です。
白はもともと「純粋」「希望」「優しさ」「癒し」を象徴し、
小さい猫は、「弱い部分」「守るべきもの」「心の内側の幼い自分」です。
その猫は、自分の中にある“素直で優しい心”の象徴
なのですが、夢の
その猫は“にらんで”・“攻撃します。これは、
夢主(若しくはあなた)の中の「優しさ」が、無理を重ねて少し疲弊しているというサインです。
「いい人でいたい」
「我慢したほうが平和」
「感情をぶつけるのは良くない」
そうした“優しさゆえの抑制”が積もって、心の奥の小さな猫(幼い自己)が、
「もう、やめて」と訴え始めている、ということ、あなたが、
本来は人に慕われたり、魅力的な=美しく気高いはずの利点によって
苦しい思いをしていることを表しています。
あなたの心の奥には
「分かってほしい」「大切にされたい」という願いが隠れています。
だから、責めるよりも受け止めてあげることで、
心の中の“白い猫”は再び穏やかになります。



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